大丈夫、ちょっと疲れてるだけだから。
終業の音楽が鳴った。
よし、今日も仕事終わり!
しかも今日は金曜日。
「明日は休み〜、ヤッホー」
?
って、数森の弾んだ声。
「え、数森どうした?」
吉岡くんもちょっと引き気味だ。
「いや、コイツの上に吹き出しがあったからさ」
読んでみたってか。
「ああ」
なるほどって感じの顔になる吉岡くん。
おい、納得すんな吉岡!
と、あれ?
だいたいこの辺で美沙さんがハイハイってまとめてくれるんだけど…
美沙さんの机の方を見ると、青い顔して、俯いていた。それでも私達の視線にきづくと、力なく微笑んだ。
よく見ると、微かに体が震えている。
「美沙さん、大丈夫すか」
数森が慌てて駆け寄った。吉岡くんも数森に続いた。
「ん、平気…」
じゃなさそう。
どうしよう、私隣の席なのに、仕事終わるまで気づかないなんて。
「病院、病院行こう、美沙さん」
「病院っつうか、医務室だな」
こんな時にまで冷静に突っ込むなよ、数森。
確かに、まだちゃんとした病院はない。
そもそも重病人がいない今の日本で、施設の整った病院の整備なんて、まだまだ不要とばかりに後回しにされていた。
仮に重病患者が出たとして、その一人を救う為にかけられる余力は、悲しいことに、まだ、ないのだ。
その代わりというのも変だけど、市役所の中に病院がわりに医務室があって、軽い怪我とか風邪とかは治療してもらうことが出来る。
「大丈夫、ちょっと疲れてるだけだから。明日休みだし…」
「ダメです、美沙さん」
「ダメっすよ、美沙さん」
勢い込んで言うと、あいつもほぼ同時にセリフを放ってた。
一瞬変な間が空いた。
「被ったね…、でも、早いうちに治療は受けた方がいいです。インフルとかだと周りにもうつりますし」
珍しく吉岡くんが喋る。
なんだかちょっとカンに触る言い方に感じたけど…
「うん、それもそうだね」
そうか、美沙さんにはその方が説得力あるんだ。
「美沙さん、一緒に行きましょう」
美沙さんの、華奢な肩に手を触れると、小刻みに震えているのが伝わってくる。
仕事が終わるまで、ずっと無理してたんだ。
隣にいたくせに、気づきもしないなんて、我ながら情け無い…
「俺も、一緒に行く」
見ると、数森も悔しげな顔をしていた。
結局4人揃って医務室に向かうことにした。
私に寄り添ってもらい、美沙さんを支えて歩く。細いけど、私より背の高い美沙さん。正直私では頼りない。
とは言え、やはり身体に触れるのが躊躇われるんだろう。手を出しあぐねている数森がなんとも言えない表情でついてくる。
吉岡くんは、そもそもついて行くとも言わなかったけど、何となく後ろを歩いていた。手を出す気はもとよりなさそうだ。
「風ちゃん、ゴメンね…。それにみんなも…」
美沙さんの声が弱々しい。
身体をくっつけていると、明らかに体温が高いのが分かる。
美沙さん…
美沙さんに何かあったらどうしよう。
いつも通り過ぎるだけの医務室が、今日に限ってやたら遠い。
昔だったら、ちゃんした病院もある。救急車だって呼べる。
だいぶマシにはなったけど、やはり昔のようなヌルい生活ではないと、嫌でも実感させられる。
美沙さん…
どうか、どうか、医務室の薬が効くくらいの症状であります様に。
神様も仏様も信じてないから、何に祈ったのかわからないけど、とにかく必死に祈っていた。