コイツハ、アッチダ…
ベッドに寝転がって、何となく手を掲げてみる。
そして、ライトの光が指から溢れているのを、ぼうっと眺めていた。
いや、何やってんだよ俺。
マジ疲れてんな。
風子…。
思い浮かべるとまた腹が立つ。
なんであいつは、あんなに能天気でいられるんだよ。
自分が周りからどう思われてるか分かって行動してんだろうか。
思わず失笑をこぼしてしまう。
分かってる訳ねーよな。
そうだよ。思えば、あいつは、出会った瞬間から、ホント、マジで馬鹿だった。
あいつの、あの表情…
「所有権の放棄、従前の戸籍制度の廃止、新たな人材、人力の確保、能力の有効活用のための…」
初出勤の日、はじめに広めの会議室でオリエンテーションが行われた。
40歳くらいのおっさんが挨拶というか、演説というか、俺らの仕事がどういうものか説明している。
スゲーな、あの年で生き残ったんだ。どっちだったやつだろ。
そんな風に思ってた。
所謂細マッチョな体格で、その上落ち着いた雰囲気。
政府関係者ってことは元自衛隊員だろうな。
所有権の放棄だって?
今さら言うまでもない。
世界が終わってる間、食い物も寝る場所も、それが誰のものだったかなんて考える余裕はないし、その必要もなかった。
今も世界はぐちゃぐちゃなままで、争わずに生きるには、全てをみんなの共有ってことにして、強いリーダーがそれらを平等に分ける。
今はそれしかない。
緊急避難的、暫定社会主義。
残された物品は全て貴重な共有財産だ。
そして、生き残った人類は皆貴重な労働力だ。
これ以上失う事なく、また世界が終わる前のような生活が出来るまで、一致団結、頑張るしかねー。
そう、一致団結。
クソッタレなことに、アッチ側のやつらとも。
協力は必要不可欠。
頭では理解している。
でも、この前まで自分を食おうとしていたやつらだぜ?
全力で気持ちが拒否するわ。
コッチ側の、大抵のやつがそうだろうと思う。
だからこその戸籍の廃止だ。
生き残りをシャッフルする。
ドッチだったか分からないように。
混ぜ合わせて完全シャッフル。
知り合い同士は切り離す。
生き残った人材を、うまい具合にシャッフルして、トランプの手札のように地域ごとに配る。
住む場所も、仕事も。
まとめてシャッフル。
それが新日本のスタート。
義務教育受けてたくらいのガキは生き残れなかったから、しばらく学校教育はお預け。
高校生だったやつも、大学行ってたやつも、学生期間は強制終了、みんなで一斉に社会人だ。
俺も、労働力を提供して頑張るしかねー。
前を向かなきゃ、繋いだ命に申し訳ないからな。
周りを見渡す。
俺と同じように集められた職員達。
ドッチだったか分からない。
分からないようにしないといけない。
でないと、とても協力なんて出来るわけない。
生き残ったやつらは、大抵有能で、まあそうでないと生きれない状況だったから、当たり前なことなんだが…
とにかく、有能なやつばかりのおかげで、ドッチだったか一見して分かることはなかった。
正直、コッチ側のやつだけ集められたんだろうかと思ってしまうほど。
でも、違う。
空気を感じる。
俺を敵視する空気。
どいつからかは分からない。
だが確実にいる。
アッチ側のやつら…
地獄を思い出し、緊張感が高まる。
と、その時。
一人の女と目が合った。
まだ、自己紹介もしていない。
風子という名前も知らない頃。
あいつは、俺を見て、一瞬立ち竦んだ。
いや、そこまではいい。
そこまでは他のやつと同じだ。
だがあいつは、あいつは…
分かりやすく一瞬目を逸らし、決意を固めたふうな顔で俺に向き合った。
そして、俺に向けて歩み出す。
下手くそな、頑張って作った笑顔だった。
はじめまして、これからよろしくね。
今にもそう口に出しそうな雰囲気。
敵意は…
嘘みたいだが…、ない…
でも、俺は確信した。
コイツハ、アッチダ…
だから、俺は…