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PANDEGO!  作者: 白川 蓮
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「突発性水分消失症」と新日本国の誕生

寮の自室で、美沙はいつもの様にテキストを広げた。


大学生の頃、公務員を目指して勉強していた時に使っていたテキストと同じものだ。


もちろん美沙が使っていたそのものではないが、見慣れた表紙を見かけた時はまるで自分の持ち物が帰ってきた様な気がしたものだ。


お気に入りのページを広げる。地方自治法という単語が目に入る。


今となっては何の役にも立たない法律だが、基本の理念が活かされる世になって欲しいと美沙は思った。


それから、思いがけず無試験で公務員になっている現況に、なんとも言えない複雑な気持ちを抱く。


美沙だけでなく、今働いている全員がある意味無試験で公務員となっていた。そもそも現在の日本において、すべての仕事、職業が公務なのだ。


美沙はなるべく思い出さないように心がけているが、どうしても当時のことが頭に浮かんでしまうこともある。


ふと壁に目を向け、その向こう、隣の部屋にいる風子を思いやる。


あの子は思い出していることがわかりすぎる。


素直な性格なのだろう。考えていることが顔に出てしまうのだ。


その意味では数森も似た者同士だ。


風子に対し、嫌悪感を顕にしたかと思うと、次の瞬間には哀しみと、悔しさと、そして愛情を織り交ぜた顔で風子を見ている。


きっと風子に、恋人か、家族か、大切だった人の影を重ねているのだろう。


似た者同士は、自分と数森の方かも知れない。美沙は一人嗤った。


風子を見ていると、死んでしまった妹達の顔がよぎる。


バラバラに死んでいった、双子の妹達。


忘れることなどできない地獄。だが今は前を向くべきだ。


美沙は再びテキストに目をやった。





20〇〇年9月某日、突如それまでの世界は終わりを告げた。


人間が人間を食すという行為が、ほぼ同時に世界中で発生。

突然沸き起こった人間同士の共食いという行為は、それまでの世界を瞬く間に破壊していったのである。


食す側、食される側は明らかに分かれており、襲われた人間が食すという意味において襲う側になることはなかった。


食す側の人間は、食すことができない時間が続くと、まるで木乃伊の様に干からびて死んでしまう。


どの程度で死に至るかは個人差があったが、一般的に年少者、そして高齢者は猶予の時間が短かった。


その年代の罹患者は、発症後、1度も人肉を口にできなかった場合、おおよそ1日から2日で死に至った。


それ以外の年代の者も、発症後すみやかに人肉を食べなければ、4日程度で命を落とした。


ただ、猶予時間が数日なのは最初の一度だけで、その後は一度食べれば2〜3週間は何も口にせずとも生命を維持できるようであった。


まずは最初の1回、必要なだけ食べることができたかどうか。


それが罹患者たちの生死を分けた。


さらに、その後も定期的に食べることができるかどうか。

罹患者たちは、その都度命をふるいにかけられていった。


一方罹患しなかった者も、常に危険に晒されていた。


自分達を食料として狙う罹患者の群れ。


人数比は、発症当初、圧倒的に罹患者の方が多かった。


さらに、罹患者とは異なり、通常通りの生命維持が必要であり、罹患者からの攻撃を凌ぎながら食料を確保することは容易ではなかった。


そのような状況をもたらし、人類に猛威をふるった病は、最初の発生から約半年ほどで、始まりと同じように突然去っていった。


その時には、人口は日本においては10分の1にまで激減していた。


大半の者が病いにより命を落とした。


罹患しながら生還できたのは、病いの進行が比較的緩やかだった10代後半から40代前半までのうち、食することができるほど体力と運に恵まれた者だけだった。


一方罹患しなかった者も大半が命を落とした。


まず罹患者に襲われ、食された者。

通常の餓死、病死。

中には罹患していない者同士での殺害により死んでいった者もいた。


やはり生還できたのは、その状況の中で生きていける程の体力と知力、そして運に恵まれた者だけであった。


結果的に、残ったのは10代後半からせいぜい40代前半まで。生き残った40代は今や希少種である。


沈静化後の世界で、病いはその死様から、後に「突発性水分消失症」と名付けられた。


人を襲って食べるという、まさに人間性の消失こそこの病いの最も恐ろしい本質であったが、命名の際、そこには触れないということになったのだろう。


ただし、そんな風にしてつけられた病名は、あくまで表向きの名称でしかなく、罹患しなかった者のほとんどがその症状をゾンビと形容した。


そのあまりにも憎しみと侮蔑を込めた名称は、罹患しながら生還したものを大いに憤慨させ、「突発性水分消失症」沈静化後の世界の復興の妨げとなった。



世界は荒れに荒れた。



罹患しなかった者たちは、元罹患達を憎み蔑んだ。方や元罹患達にも、罹患中の自分達を救おうとせず、それどころか化け物のように狩っていた非罹患者への恨みが渦巻いていた。


新たな対立軸の成立である。


そんな中、日本では、比較的多く生き残った元自衛隊員達が中心となり、復興の為として、権力を集中する形で新政府を樹立した。



現在の新日本国の誕生である。



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