60.異世界新生活
セレーナ姫の野望が打ち砕かれてから百日後。
ここは、ヴァンツレーベン公国の木賃宿。カメリアの手作りの朝食をたっぷりと堪能したハルトは、「ごちそうさまぁ!」と手を合わせ、椅子から立ち上がって伸びをした。
「もう出かけるの?」
テーブルの向かいに座るカメリアが、急いでパンの残りを頬張る。
「ああ。早くダンジョンに潜って、隣のまじデブる公国から土足で踏み込んでくる冒険者どもより先に魔石を見つけるのさ」
彼女は、口に含んだスープを吹き出しそうになる。
「マグデブルク公国でしょう?」
「いや、あいつら太った奴らばっかだし、あそこでペスカも金で太っているし。いいんだよ、まじデブる公国で」
「まだあの領主は、搾取を続けているのかしら?」
「続けてる。性懲りもなく。
あそこの第2階層への行き方と攻略の仕方がどこから漏れたか知らんけど、冒険者の間で知れ渡ってから魔獣が激減して、ギルドからの上納金が入らねえからって、こっちのダンジョンにまで越境して手を出させているらしい。
奨励金付きっていうから呆れるけどな」
スープを飲み干したカメリアが、急いで立ち上がって食器を片付け始めた。それを見たハルトは頭を掻く。
「わりぃ。急がせちゃって」
「いいわよ」
自炊用の調理場へ向かうカメリアの背中を見送った後、ハルトは部屋の隅の机に向かう。
そこには小さな黒猫の置物と、紫陽花――オルテンシア――の花模様の花瓶が置かれていた。
「行ってくるぜ、シュヴァルツ、オルテンシア」
宿を後にしたハルトとカメリアは、歩いて1時間ほどのダンジョンへと向かう。
「そうだ。あれから今日で、ちょうど百日目だ」
「もうそんなに経つの?」
「ちょっと回り道して、墓参りするか」
「うん」
二人は、共同墓地へと向かった。
ここには遺骨のない者が一箇所に合葬された区画があり、名前が刻まれた碑だけが建っていた。
高さ1メートル、幅3メートルの黒い碑の前で二人は黙祷する。
そこへ、白い子猫を抱えた五歳くらいの女の子がやってきた。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん。何をお祈りしているの?」
目を開けて頭を上げたハルトは、笑顔で「亡くなった人に感謝を捧げていたんだ」と答えた。
「フーン。お名前は?」
彼は、自分とカメリアを紹介する。
「わたし、ハイドランジア。この子はシュッツ」
と、その時、カメリアがハルトの手をギュッと握った。
彼は小声で「どうした?」と尋ねると、彼女は「ハイドランジアってヴァンツレーベン公国ではオルテンシアのこと」と答えた。
これには彼も、握る彼女の手を思わず握り返してしまった。
「シュッツってねぇ、この国の言葉で庇護のことなの。
その名前の通り、何かあると、わたしを守ってくれるのよ」
ハイドランジアはそう言って、シュッツの背中を優しく撫でる。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん。これからどこへ行くの?」
「ダ、ダンジョンだよ」
「怖くない?」
「大丈夫」
「でも、気をつけてね。こわーい魔物や魔女がいるから。
そうだ。シュッツ、無事をお祈りしてあげて」
「ニャーオ」
「ありがとう」
ハルトとカメリアは、ハイドランジアに別れを告げて歩み出した。
彼は途中で二度振り返ったが、彼女はいつまでも手を振っている。それで、こちらも手を振る。
三度目に振り返ったとき、そこには彼女の姿はなく、オルテンシアとシュヴァルツが手を振る姿を見た。
「うん、頑張るぜ」
「えっ? ハルト。今、誰に言ったの?」
「あの二人にさ」
「いっぱい庇護をもらったから?」
「ああ」
「じゃあ、私は力をあげる」
そう言ってカメリアは、ハルトの両頬に手を当て、彼を自分の方へ向かせて立ち止まる。
彼も立ち止まる。
一片の薄雲すら見当たらないコバルト色の天蓋の下、
見つめ合う二人。
微風が体を優しく撫でた。
二人は目を閉じる。
ソッと唇を重ねる。
その時、彼らの上を、金糸雀に似て尻尾の長い二羽の鳥が旋回した。
まるで、これからの二人を祝福するかのように。
最後までお読みくださいましてありがとうございました!
1年かかりましたが、中断がなければ「僕と幼馴染みと黒猫の異世界冒険譚」の分量を考えると2ヶ月で済んだはずです。。情けなや。。
あらすじでストーリーはわかっていますから終盤までの展開も読めて、まるで海外の某刑事ドラマみたいなものでしたが、それもありかなと思って書いていました。でも、このラストは予想できましたでしょうか?
ダンジョンらしからぬダンジョンなどいろいろな仕掛けを用意しましたが、お気に入りは美少女が剣に変身し、その剣で空を飛ぶというものです。
あれは水攻めから脱出するための苦肉のアイデアでした。
なにせ、主人公は魔法が使えない。(笑)
次回作でどういうアイデアを考えるか、書き手としても今から楽しみです。
みなさま、これからも応援のほど、よろしくお願いいたします。




