6.魔女の召喚魔法
ハルトとシュヴァルツが出会う3時間前のこと。
ここは、精霊の森の片隅にある朽ち果てた巨木。
その空ろの奥に、結界に守られた秘密の下り階段がある。
そこを降りた先には、二階建ての家が丸ごと入るくらいの広い地下空間。天井も壁も床も、灰色の石を組み合わせたものだ。
床には、円形状にたくさん並べられた太いロウソクが炎を揺らめかせている。そのため、壁に移る陰影までもが、怪しく揺れる。
ロウソクの円の中央には、うっすらと輝く幾何学模様と古代文字が描かれた三角形の魔方陣。
見事なほど精緻な作りなので、高度で複雑な術式を必要としているようだ。
その傍らに、黒いフードをかぶり、黒いローブを着た美少女が立っていて、早口で詠唱を続けている。
ローブがゆったりしているので、体のラインが見えにくいが、小顔の感じから細身であることが想像できる。
少女の額に汗が滲む。地下の空間なのに、熱気がこもる。数時間に及ぶ長い詠唱のため、少女の疲労は頂点に達していた。
と、その時、精緻極まる魔方陣が、銀色に輝きだした。あまりの明るさ故に、壁も天井も床も、全てが昼間の太陽に照らされたかのような色になった。
少女は、満面の笑みを浮かべる。――しかし、すぐに驚愕の色を見せる。
魔方陣が、灼熱の太陽のように輝きだした。何らかの原因で暴走を始めたらしい。
目を開けていられない彼女は、両手で光を遮る。
そして、慌てて、魔法の解除の詠唱を始める。魔方陣は急速に輝きを失い、ロウソクの光だけが残った。
しばらく虚空を見つめる彼女は、そこに何を見たのか、血走った目を皿のように丸くする。
「うそっ……」
放心状態になった彼女は、腰が抜けてその場に座り込んだ。
「そんな……。どうして……」
と、その時、彼女の後ろ側から壮年の男性らしい低い声が聞こえてきた。
「ノアール・ミスト様、いかがなされましたかな?」
彼女が、ゆっくりと声の方へ顔を向けると、部屋の隅に、紫髪の男の肩より上だけが床の石から出ていた。その石に穴が開いていないので、壁抜けならぬ床抜けらしい。
「半分成功、半分失敗! 邪魔が入ったわ!」
「ほう。半分成功とは?」
男の黒いローブを纏った全身がせり上がってきた。
「女をこの世界へ召還できたわ」
「それは、おめでとうございます。……で、半分失敗とは?」
「誰かが女の後ろからくっついてきたの。それの影響で、女が別の場所へ玉突き状態で飛ばされたわ。女のいるべき所に、そいつが今立っているはず」
「なんと。虫が紛れ込んできたようなものですな。どこへ飛ばされたのですかな? まさか、こことは別の世界へとか?」
「それはないわ。召還先をこの世界に限定しているから、それ以外の世界へ飛ぶことはないわよ」
「元の世界に戻ったということもないのですかな?」
「当然」
「どこに飛ばされたか、方角の見当も付かないのでございますかな?」
「慌てて魔法を解除したから、証跡がわからないの」
「587カ国をくまなく回りましょうか? 時間は掛かりますが」
「できるの?」
「できますとも」
「なら、お願い。それで、邪魔したそいつは――」
「もちろん、わかっております。口封じのため、魔獣に食い殺させましょう」
「任せたわ」
「吉報をお待ちくだされ」
「それにしても、面倒なことになったわ。あの女がこの世界で今覚醒したら、最悪よ」
「もちろんでございます」
「わかっているわよね?」
「ええ。未来の歴史が変わります」
「そうよ。だから、隠れていた世界からこちらへ召還して、覚醒する前に殺すつもりだったのに! いきなり、失敗するなんて! 取り逃がしたら絶対に駄目!」
「肝に銘じております」
「必ず、捜しだして! そして――」
「はい。亡き者にいたします」
「今すぐ、行って」
「では、このエルバ・モスカにお任せあれ」
エルバは右手を胸に当てて軽く一礼すると、床の石に吸い込まれていった。
ノアールは、憤怒の表情で、輝きが消えた魔方陣を睨み付ける。
部屋の中では、彼女が拳で床を叩く音と、呪う声だけが聞こえていた。
◆□◆□◆○◆□◆□◆




