56.ラスボスを倒したが
第5階層への扉がモスカによって開かれた。そこには下り階段があった。所々、光る魔石がロウソク代わりに配置されているので、足下は明るい。一行は、階段を慎重に下っていく。
降りきった彼らの目に飛び込んだのは、第4階層と全く同じ光景だった。
唯一違うのは、だだっ広い部屋の中央で、銀色に光る狼が待っていたことだ。
「ちっちゃ! 何だよ。あれがラスボスかよ。
巨大なミノタウロスとかドラゴンでも出てくるのかと思ったぜ」
「ハルトが仕留めるか?」
モスカは、どうぞお先にという仕草をする。
「いいや。てめーがやれ」
「あくまでもモスカという名前を使わず、てめーで通すのだな?」
「いいだろうがよ! こっちの勝手だぜ!」
「フン。なら、魔石は山分けでなくてもいいのだな?」
「ほーら見ろ! 馬脚を現したぜ! 最初からそのつもりだったんだろ!」
「試したのか……」
「あのラスボスを倒した直後に、後ろから刺されるのはゴメンだぜ!」
「それはこっちも同じ。後ろから斬りかからないだろうな?」
「てめーと違って、そんな卑怯な真似はしねーよ!」
モスカは肩をすくめる。
「まあいいだろう。あいつを仕留めて、魔石はもらう。
だが、この部屋を見てみろ。捜している人の手がかりでもあると思うか? 見た限りでは、何もないぞ」
「うるせー! 必ずある!」
「無駄だと思うが……」
そう言って、モスカは深紅の剣を振り上げ、ラスボスへと突進した。
彼の戦いぶりは、単なる魔法使いとは思えないほど、剣士並みに見事だった。
だが、さすがにラスボスというだけあって、狼も負けてはいない。血だらけになりながらもなかなか倒れず、鋭い爪と牙で彼にも怪我を負わせる。
互いに肩で大きく息を吸い、睨み合う。
そして、再び相まみえる。
ハルトは彼らの戦いぶりを見ながらも、周囲の様子を窺っていた。どこからか、手がかりが現れないとも限らないからだ。
ラスボスを倒した瞬間、捕らわれていたお姫様が姿を現すこともあり得る。その瞬間を見逃すまいと、彼は周囲に細心の注意を払った。
最後の力を振り絞った狼が、上からモスカに襲いかかろうと宙を舞った。
しかし、モスカはそれに気づいて、狼の額めがけて剣を突き刺した。
「ギャー!」
狼は悲鳴を上げ、全身が光の粒に包まれた。そして、その体の中心から、大きな赤い魔石が落下した。
今までのサイズの2倍ではきかない。3倍、あるいは4倍もある特大の魔石だ。
それが、ゴトッと音を立てて一度弾むと、ゴロゴロと床の上を転がっていく。
モスカは満足そうにそれを見つめる。だが、拾おうとしない。
と、その時、ハルトの横にいたカエデの姿がフッと消えた。
次の瞬間、動かないモスカの前に出現し、魔石を拾い上げたかと思うと、またフッと消えた。
そして、彼から10メートル離れたところに姿を現した。
だが、モスカはまるでこれを予想していたかのように驚きもせず、腹を抱えて笑い出す。
「引っかかったぞ! あいつが引っかかったぞ!」
ハルトは、カエデの不可解な行動に呆然として立ち尽くす。
モスカの笑い声が部屋中にこだまする中、今までずっと黙っていたミストが初めて口を開いた。
「ついに姿を現したわね、クリザンテーモ・セレーナ。
私たちは、この時を待っていたのよ」
彼女はそう言って、両手を高く上げる。すると、彼女の頭上に赤々と燃える光の玉が出現した。
「さあ、お姫様。覚悟はいいかしら?
ここがあなたの死に場所よ。
楽に死なせてあげるわ」
すると、カエデが急に高笑いを始めた。そして、ミストを指さしてこう言い放った。
「死ぬのは、貴様の方だ」




