46.魔石を食らう少女
飛翔するハルトとシュヴァルツが迷路庭園の端へ近づくにつれ、穴が庭園から徐々に離れていくように見えた。どうやら、穴と庭園の間に隙間があるらしい。
さらに近づいていくと、確かに空き地が見えた。ハルトは、庭園の端――もちろん壁の上――に着地するようカメリアの剣に指示した。オルテンシアの剣もそれに従う。
二人は膝の屈伸を活かして壁の上にうまく着地する。振り返ると、カエデは遙か後ろだ。
周囲を見渡すと、空き地の奥行きは30メートルほどあり、幅は庭園の横幅と同じ。
手前の穴は蒲鉾のような半円の形をしていて、高さは庭園の壁より少し低く見える。
「坊主。なんか、下の方から喉を鳴らしている奴がいるぞ」
「ああ、聞こえている。魔獣だろう」
二人が同時に下を向いた。すると、大型の猫に似ている灰色の魔獣が五匹、彼らの真下にいて見上げている。
第1階層で姿を隠していたあの魔獣だ。この階層では、大胆にも姿を現しているらしい。
「いっちょ、暴れるか」
「相わかった」
「ちょっと待ったああああああああああああああああああああっ!」
カエデがダンジョン内にこだまする大声を上げた。その声に、魔獣までがビクッとしたほどだ。
「何だよ、これから気合い入れて戦おうとしたのにぃ」
やっと追いついたカエデは肩で息をし、膝に手を当てて呼吸を整える。
「そいつら、姿が見えていると思うけど、いざ戦うとなると姿を消すの」
「何だと!?」
「鋭い爪や牙でかなりダメージを受けるから、姿を消されたらまず駄目」
「でもよ。第1階層で俺たちの魔石をちょろまかしたとき、攻撃してこなかったぞ」
「ああ。そいつら、大人しい部類。ここのは獰猛よ」
「めんどくせー!
で、どうする?」
「任せて。こういうときに、塗料を使うの」
彼女はポケットから小瓶を取り出した。中には黄緑色の蛍光塗料みたいな液体が入っている。その蓋をポンと音を立てて開けた彼女は、壁の上から液体を魔獣に振りかけた。
突然の塗料の雨に驚いた魔獣は、四散しながら姿を消す。しかし、塗料が付着した体の一部が地面の上を動き回るので、頭の中で補完してイメージすれば、そこに魔獣がいるかのように見えてくる。
「行くわよ!」
カエデは蔦の枝につかまりながら地面に降り立った。ハルトとシュヴァルツは、剣の力を借りてフワリと着地する。
その後の戦いは、1分で終了した。カエデとハルトがそれぞれ二匹、シュヴァルツは一匹を倒して赤色の魔石を得た。もちろん、特別の魔石である。
「なんでぃ、第1階層とおんなじでちっさい魔石だな」
周囲の壁に点在する魔石の光に戦利品をかざしたハルトは、ため息をつきながら後ろにいるカエデに振り返る。
と、その時、カエデは大慌てで口から何かを手の中に吐き出した。
「ん? どうした?」
「ううん、何でもない」
「口の中に泥でも入ったか?」
「ま、そんなもの」
「フーン」
ハルトは、彼女から視線を切って正面を向き、光に魔石をかざす。でも、彼女のことが気になって、後ろから髪が引っ張られるような気分になり、再度振り返った。
すると、彼女はまた大慌てで口から何かを取り出した。
「お前、さっきから何している?」
「だから、何でもないって。泥よ、泥」
「ちょっと手の中のもん、見せろ」
ハルトはカエデに近づき、握っている右手を開かせた。そこには、ハルトと同じ大きさの赤い魔石があった。
「まさか、これ食ってたんじゃないよな?」
「こんなもの食べるわけないじゃない」
「じゃあ、何してたんだよ」
「だから泥だって」
「泥って俺が言っただけで、お前は言ってないぞ。虫って俺が言ったら、虫になってないか?」
「お兄ちゃん、私を信用しないの?」
彼女はみるみる涙ぐむ。こうなると、彼も弱い。
「わかったわかった。
ところで、お前は2個魔石を取ったよな? もう1個はどうした」
彼女はハッと目を見開く。
「落としたかも……」
「マジかよ!? あれは金貨10枚とかになるんだぞ!」
それから三人で地面をくまなく捜したが、カエデが落としたという魔石は見つからなかった。
「お兄ちゃん。透明の魔獣が食らったのかも。そうしたら、見つからないよね」
「その辺にいるってか?」
ハルトは二本の剣を構えて「やい、泥棒猫! 出てきやがれ!」と凄む。しかし、地面の足跡が増えることはなく、透明の魔獣は近くにいなさそうとなった。
「お前さぁ。魔石を手に入れたら、しっかり袋に入れろよ」
「わかった」
そう言って、彼女は金貨100枚の入った袋に魔石を握った手を突っ込み、ちょっと戻して、また突っ込んだ。それから、握った拳を袋から出した。
「そうそう。そうやってちゃんと入れておくこと」
「うん。じゃあ、第2.5階層へ行こうよ」
「えっ? もう? ちょっと休憩しないか?
そうだ。昼飯持ってきたんだ。あのダンジョンの門の近くまで戻って、みんなで食わないか」
しかし、カエデは無言で穴の方へ歩いて行く。
「しょうがねえなぁ……」
シュヴァルツと顔を見合わせたハルトは苦笑し、彼女の後を追った。




