42.カエデとの再会
「ま、まさか! お、お前! カエデか!?」
「そうだよ」
ハルトは雷に打たれたかのごとく強い衝撃を受け、続けて頭から氷水でも被ったように戦慄する。
「わわわわわ……」
「どうしたの? 幽霊でも見たような顔をして」
「ホ、ホントにカエデだよな!? か、顔をよく見せてくれ!」
「いいよ」
カエデを名乗る人物が大股に歩き出し、ハルトの3メートルほど手前に近づいた。
ちょうど近くにある魔石の光が、彼女の顔を映し出す。
小顔で丸顔。眉はやや太くて、鼻は高め。黒目で、目尻が少し下がり気味。
黒髪を茶髪に染めた、腰まで届くストレートのロングヘアが揺れる。前髪は切りそろえている。
身長は記憶と全く同じ。
ただ、消えたときに着ていた白色のVネックの長袖カットソーや水色のカーディガン、少しダメージのあるジーパンが全て民族衣装に替わっている。スニーカーもこちらの世界の女性が履いている靴だ。
服以外は記憶と一致したハルトは、喜びを爆発させて剣を持ったまま両手を広げる。
「カエデ! 会いたかった! さあ、お兄ちゃんの元に――」
「きもすぎ」
カエデは三歩下がった。
「今日はいいことがあるって思ったけど、やっぱ予感が当たったぜ!
なっ? なっ?」
同意を求めるハルトは振り返る。だが、そこには目を丸くするシュヴァルツがダランと腕を下げて呆然の態で立ち尽くしていた。
「どした? 幽霊に見えるか?」
「い、いや……。間近で見ると、クリザンテーモ・セレーナ姫にあまりに似ている……」
「お姫様に?」
これには、二本の剣も同意見だ。
『髪の毛と目の色は違いますが、よく似ていますわ』
『金髪でコバルトブルーの目だったら瓜二つ』
ハルトはもう一度カエデの顔を凝視する。
「うーん……。
ペスカの城で人相書きを書いてもらったとき、ほら、あの下手くそだけどまあ似ているからいっかみたいな人相書き。あんとき、カエデとお姫様は、所々似てるかな程度だったけど、実物はそんなに似ているのか?」
シュヴァルツは無言で大きく頷いた。
「だってよ――」
振り返って言葉をかけるハルトに、カエデは困惑する。
「ちょっと待って。何、そのお姫様に似ているって?」
「ああ、そっか。知らないんだっけ。ちょっと説明すると長いけど、こんなことがあってだな」
ハルトはそう言って、今は剣に変身しているオルテンシアとカメリアとここにいるシュヴァルツがクリザンテーモ・セレーナ姫を捜しにこの異世界へやってきた話から始めて、ここにやってきた経緯を説明した。
カエデは脱線しがちの説明に苛立ち、途中で話をさえぎった。
「うん、もういい。
そのペスカという善人面した悪党が搾取しているっていう件はいいから、早い話、ペスカかカルドか知らないけど、そいつに第50階層へ行けば私とお姫様の手がかりがあるって言われてやってきた。
そうよね?」
「ああ。シュパーンと話を飛ばせばな」
「馬鹿ね。ここ、第50階層なんてないわよ」
「ええええええええええええええええええええええええええええええっ!!!!」
仰天するハルトの声がワンワンと洞窟の中をこだまする。
「あんにゃろー! 今度会ったらぶっ飛ばす!」
「その格好、ぶった切るって格好よ」
「畜生! コテンパンに叩きのめしたら、塩振ってハムかベーコンにしてやる!」
「それなら、燻すから桜のチップとか必要ね」
「おう。ってその前に、すげー重要なことをお兄ちゃんから聞いていいか?」
「いいよ」
ハルトは咳払いを一つした。
「カエデ。お前、なんでここにいるんだ?」
彼はちょっと険しい目つきになった。
「そりゃ、生きる糧を得るためよ」
「うん、そうかそうか。そうだよねぇー、じゃねえ!」
「ん?」
「なんで俺たちを見たとき、逃げた? ってか、ここに誘導した?」
「逃げた? お兄ちゃんたちが追っかけてきたんじゃん。
初めは、どこかで見たことある人だなぁとは思ったよ。
でも薄暗いし、ここ、怖い冒険者が人の魔石を狙って追っかけてくるし。
ちょっと様子見がてら逃げたら、くっついてくるんだもん」
「じゃあ、その剣はどうした?」
「あっ、これ? 話せば長いけど」
カエデはそう言って、この異世界に来てから今まで何をしていたのかを、かいつまんで説明した。その内容は以下の通り。
彼女は異世界に飛ばされたとき、一瞬だが森に飛ばされたものの、次は農家の馬小屋に飛ばされた。
泥棒と間違えられた彼女は町に逃げ、路頭に迷っていると、ダメージのジーパン――単にそういうファッションなのだが――を見てかわいそうに思った老婆が服と金を与えてくれた。
脱いだ服を持って衣装屋の前を通りかかったら、その服が珍しいからと高価に買い取ってオマケの服までくれる。
そのオマケの服が冒険者の古着なので、面白半分に着替えて歩いていたら、ギルドの前でイケメンに誘われる。
ギルドの酒場でそのイケメンと話していたら、素人が生意気だと突っかかってきた男がいたので、咄嗟に剣を借りてフェンシングの要領で相手を倒す。
腕を見込まれてギルドと契約し、借りた剣をプレゼントされたので、こうしてダンジョンに潜っている。
一通り聞いたハルトは、大いに感心する。
「フーン、わらしべ長者か」
「お兄ちゃん、それ全然違うけど」
「で、先生、質問」
「ん?」
「なんでこのダンジョンが第50階層もないって知っているんだ?
カエデはどこまで行ったんだ?」
「逆から答えるけど、私は第2階層まで」
「なんですとー!?」
「で、もう一つの質問の答え。
それはね……」
カエデはもったいぶる素振りを見せた。




