4.腹ぺこ剣士の帰還
森から出たハルトたちは、オルテンシア姉妹の宿があるヘルツシュタインという町を目指して田園風景の中の一本道を歩いた。
起伏が少ない緑のカーペットのような大地に、白壁を基調とした木造の小屋が点在している。これらは、どれも牧畜や畑作を生業とする農民の家。多くが犬族や猫族の獣人を使用人として雇っている。
だが、この辺り一帯の地主は、オオカミ族の獣人らしい。地主から人間が土地を借りて、獣人を雇い、年貢を地主に納めている。
ハルトは、教科書の歴史で農民と地主の争いを学んでいたので、そのような出来事がこの国にもあるか、オルテンシアに聞いてみたところ、皆無だという。
さらに、人種間の争いも軋轢もなく、昔から当たり前のように仲良く助け合って生活していると聞いて、ハルトは<ユートピア>という言葉が浮かんできた。
大地に暖かい日差しが降り注ぎ、微風が牧草や花々をなでる。遠くから、牛や馬や羊が鳴く声が届く。小鳥たちのさえずる声が降ってくる。
土の匂い。牧草の匂い。
微風が運ぶ匂いは、遠くて懐かしい記憶を蘇らせる。
なので、ハルトは道の所々で足を止め、カメリアにからかわれながらも、それにかまわず子供になる。
道ばたに咲く色とりどりの花を嗅いでみると、どれも違う甘い匂いがする。
近くの木に咲く花も、これまた違った香水のような匂いがする。
そして、どこまでも広がる牧草に足を踏み入れる。
このまま、緑のシーツに倒れ込んで、晴天を仰ぎ見、そばでアクセントを添える花をいじりながら眠りに落ちていったら、どんなに心地よいだろう。
だが、ハルトの思いは、別の要因で遮られた。
ぐううううう……
カメリアが振り返り、柳眉を逆立て、向き直る。
ぎゅるるるるる……
オルテンシアとカメリアが同時に振り返る。
「なあ。この辺のどっかに、飯食うとこ、ないかなぁ? よく森の泉に行くんだったら、この道を通るだろ? 知らないか? お休み処とか」
「ありませんわ。町まで行かないと」
「牛みたいに、草でも食べたら?」
「ドレッシングがあれば、食えそうだが――って食えねーよ! その町とやらまで、あとどんくらい?」
「1時間」
「もう何時間歩いた?」
「1時間」
「オルテンシアもカメリアも、片道2時間かけてんの!?」
「ええ、そうですわ」
「確認だけど、この異世界の一日って何時間? もしかして、48時間とか?」
「24時間」
「太陽が出て、また太陽が出るまで、だよね。沈むまでじゃなくて」
「そう」
「安心したけど、がっかりもした。あと1時間かぁ……。死ぬー。コンビニの買い物袋、この世界に来るときに消えちまって……。おにぎりねえ。飲み物ねえ。サラダもポテチもチョコもねえ。時計もねえ。電波もねえ。スマホは圏外使えねえ。それよりなにより電池切れ」
「それは、ハルトの自作の詩ですの?」
「いや、ラップっぽく言ってみただけ。……でも、これじゃさすがの異世界最強の剣術使いも、手も足も力も出ないぜ。自分の顔を食うわけいかないし。お手上げ状態ってとこ。……そーだ! オルテンシアたちが剣に変身して、俺がそれを握れば、体力アップ、レベルアップ。足が、ちょー速くなって、町までひとっ飛び! ってわけに、行く? 行かない?」
「行くわけないじゃん」
「なら、魔法の杖とか持っていない? それを振って、ちちんぷいぷい御代の御宝、――これは怪我したときか。ばっちゃんが言ってたな」
「独り言多い」
「ならば、
――契約せし汝ら、いざ、我の御前に馳せ参じよ
――紅蓮の炎の上にて鍋に贄その他諸々を投じて、いと巧みに操り
――いざ、食戟の儀を執り行わん
ってな感じの言葉を綴ると、調理精霊が出てきて、ほっかほかのフルコースが出てくるとか」
「勝手に綴れば」
「万策尽きたあああああっ」
「お姉様。ハルトって、私たちの剣を装備しないと、こうも馬鹿な男なのかしら」
「ふふふっ……」
「そこ笑う所じゃない! 頼む! 我に力を! この哀れな胃袋にお恵みを!」
「仕方ありませんわ。飴なら――」
「飴!? 是非是非!」
「お姉様! 甘やかしては駄目」
「いいって、いいって」
「なんでハルトが答える?」
「オルテンシアさん、神様、観音様に見えてきました。いただきまーす! ……ん? うっ! ぐふっ! ゲホッ、ゲホッ! ――これ、何味?」
「何だと思います?」
「めっちゃ苦くて臭いんですけど。罰ゲームで飲まされるお茶みたいな――」
「体にいい薬草をいろいろ混ぜた、わたくし特製の飴ですわ。お砂糖ゼロで、甘さゼロ」
「健康的だが(めっちゃ、まっず)……」
「お姉様のお慈悲を無駄にしないで」
「ありがたきお慈悲にすがり……、うっ、うっ、(臭くて)涙出る……。しゃーない。良薬口に苦しだし、臭くても蓋取って嗅げって言うし」
「臭いものには、蓋をするのが普通」
「ありがたく、ちょうだいいたします、はい。……コンビニの飴でも買って、ポケットに入れときゃよかった」
「そういえば、先ほどから『こんびに』という単語がお話に出てきますけれど、何ですの?」
「ああ、それはー、(うええぇ……、息くっさ……、)そのー、あのー、大抵の日用品とか食料とか、何でも売っているところです」
「それなら、ヘルツシュタインにもありますわ」
「マジで!? それぞコンビニエンス! 毎日、足繁く通います! ……あっ、金ないか」
「まずは、『こんびに』で、ハルトの服を買いましょう」
「へ? コンビニが服を売ってるんですか?」
「ええ。その服では、町の人にはかなりの違和感があって、何かと目立ちすぎますから、町の人と同じ服を買いましょう」
「ただで?」
「働いて返してもらいますわ。手始めにギルドの依頼を受けましょう」
「ギルド! 来たー! ダンジョンとか!? 腕が鳴るなぁ!」
「部屋のお掃除とかもありますわよ」
「何でもやります!」
「では、支払っていただくのは――」
「出世払いで」
「1週間以内」
「念のための確認だけど、こちらの世界の1週間って」
「7日」
「よかったー、5日じゃなくて。でも、困ったー。妹捜して、お姫様捜して、借金返すために働いて。オルテンシア異世界探偵事務所は、ブラックです。王道を行っています」
この後、ハルトが飴一個では空腹が満たされず、エネルギー節約のため無言になったので、葬列のような帰還となった。




