34.水の向こう側
剣がどのような原理で水中を進むのか、ハルトは目を開けて確認したかった。
しかし、金魚鉢の緑色に濁った水のような臭いがする水中を、魚のごとく目を開けて前を見る自信がない。それに、振り落とされないよう柄をギュッと握ることで精一杯だ。
額や頬に当たる水が痛い。髪の毛がちぎれそうで、ズボンが脱げそうになった時などは、「ちょっと待て!」と叫び声が喉まで出かかった。
手で気持ちを伝えようにも、柄をしっかり握っている状況では不可能だ。
とにかく、息が苦しい。これは地獄だ。
(早く! 早く、穴を抜けてくれ!)
ハルトが心の中でそう叫んだ時、ザッバーと音を立てて体が水面から浮いたような気がした。水の抵抗がなくなったからだ。
『誰かいる!』
カメリアの声がする。
それがあの痩身の男と大男であると決めつけたハルトは、怒りに燃えて目を開けた。しかし、頭の上から流れ落ちる水が目に入り、まともに目を開けられない。
一瞬開いて目に飛び込んだ光景は、白熱球のような光を放つ魔石が点在する壁と、冒険者風の男たち五名だった。
(野郎! 敵の仲間だな!?)
目をしばたたかせて相手を見ると、呆然として突っ立っている感じだった。
『立って剣を構えて!』
再びカメリアに言われて、ハルトは足下を見るとすでに池の縁だった。少し蹌踉めくように着地して、憤怒の表情で剣を上段に構える。
すると、先頭にいた男が不思議そうに首を傾げて「水の中で何をやったんだ? 魔石でも落としたか?」と言う。
「水攻めにしておいて、その言い草はないだろう!?」
「水攻め? 知らんぞ。なんか、急に池の水がガボガボと音を立てて減っていくから、俺たちは何が起きたのか見に来ただけだ」
「見に来た!? 池の水を抜いたのはお前らじゃないのか!?」
「んなわけないだろ。俺たち、通りがかっただけだから」
「通りがかった? ってことは冒険者か?」
「そうだよ。お前と同じだ」
「ってことは……ここは?」
「ここ? 第一階層だ」
ハルトは辺りをゆっくり見渡す。
天井が高くて広いドーム状の空間。その中心に大きな池がある。水面がかなり下がっていて苔にまみれた岩肌が露出し、水中に生えていた植物が水を失って軒並み倒れている。
そこへ、剣を振りかぶったシュヴァルツが駆けつけてきた。
「うわっ! また面倒なのがやってきた!」
冒険者たちが後ずさりを始めた。
「坊主! こいつらは敵か!?」
ハルトは剣を構えるのをやめた。
「いや、通りがかりの冒険者らしい」
「冒険者? おい、お前ら!」
不運な冒険者たちは、シュヴァルツの剣幕に震え上がり、改めて通りがかりであることを強調した。痩身の男と大男は見ていないと言う。
「ってことは、どこかで隠れているな?」
シュヴァルツは剣を振りかぶったまま、周囲を見渡す。出入り口の穴が3箇所見えたが、人影はなかった。
それからハルトは、第2階層で水攻めにあったことを説明し、冒険者の魔石集めを邪魔する奴らの噂を聞いていないか尋ねた。しかし、誰も知らないと言う。それより、第1階層と第2階層の抜け道に彼らは驚いていた。
冒険者の中で経験が豊富そうな髭面の男が語り始めた。
「抜け道があるなら、俺も水に潜りたいぜ」
「なぜ?」
「ここのダンジョンは、第2階層へ行く道がランダムに変わるので、意地が悪いからさ」
「ランダムに?」
「そうよ。やっと見つけた道が、次に行ったら行き止まりだったなんてことはしょちゅうさ。しかも、戻る道も変わるから厄介だぜ。
だから、みんな、ここのダンジョンは第1階層でやめちまう。ま、結構広くて魔物もたくさんいるから、第1階層でもなんとか商売は出来るけど」
「そんな第2階層に何があるんだ?」
「特別な魔石よ」
ハルトは色めき立つ。
「だが、第2階層のそれは、ちっこいから大した金にならねえ。第3階層、第4階層と下っていくと、それが大きくなるので、相当な金になる。
お前たちもそれを狙っているんだろ?
せいぜい、頑張りな」
冒険者たちは手を振って去って行った。
「坊主、どうする?」
「決まってんだろ。第2階層を目指す」
「だが、とりあえず、ギルドとの約束が――」
「お前が見得を切ったんだから、お前がやれ……とは言えないな。
しゃーねえ。まずは、そっちを片付けるか」
ハルトたちは、冒険者たちの後を追った。




