32.水攻め
ハルトとシュヴァルツが剣を構えたのに、武器を持たない痩身の男は余裕の表情を見せ、両手を広げる。
「来いとな? なら、行かせてもらおうか」
素手で戦おうとする男はもしかして魔法でも発動するのか、とハルトたちは警戒する。しかし、意に反して男はクルッと背中を向け、大男を連れて通路の奥へと走り去った。
「こら、てめー! 行かせてもらおうって、そっちじゃねーぞ!
逃げるとは卑怯だ!」
男たちを追いかけて駆け出そうとするハルト。しかし、彼の肩をシュヴァルツがガシッとつかんだ。
「おい、何すんだよ!?」
「坊主、これは罠かも知れぬ」
「どんな罠でも、この剣で罠ごとぶち壊す!」
大いに意気込むハルトは、シュヴァルツの手を振りほどき、鬨の声を上げながら通路の奥へと突進する。だが、シュヴァルツはイヤな予感がしたので、ハルトの後を追わなかった。
「坊主、絶対に罠だから、やめた方がいい……」
シュヴァルツが無鉄砲なハルトに呆れ、肩をすくめて首を振っていると、遠くの方でドドドドドッと地鳴りのような音が聞こえてきた。
「だから言わんこっちゃない……」
彼の予感が見事に的中したのだ。
程なくして、「やっべえええええっ!」と叫びながらこちらに向かって走ってくるハルトの姿が見えてきた。
「水だ! 水!」
「何!?」
ハルトの後ろから、通路の高さの半分近くを埋める黒い塊が迫ってくる。今にも彼を飲み込もうとしているところだ。
シュヴァルツはその濁流の勢いに怖れを成して、後方へ駆け出した。しかし、遅すぎた。
濁流は、たちまちのうちにハルトとシュヴァルツの足を掠って全身を飲み込み、穴を塞ぐ壁の方へと二人を押し流す。
二人は、水中で必死にもがきながら、とにかく浮上を試みる。剣は手から離れてしまったが、まずは浮いて呼吸できる場所を確保することが先決だ。
「プッハー!」
ハルトが水中から顔を出し、遅れてシュヴァルツが顔を出した。幸い、周囲の魔石による光があるので、状況はある程度はつかめる。
「くっせー! この水、金魚でも泳いでいたのかよ! 池の水みたいだぜ!」
「坊主! まだ水が入って来るみたいだ! だんだん天井が近づいてくるぞ!」
「なんだと!? 水攻めかよ!」
「そのようだな。
坊主。追いかけていってすぐに水が来ただろう?」
「ああ」
「ってことは、この通路はそんなに長くない。さらに、池から引き込んでいる水路があるはず」
「まさか、そこから抜け出る?」
「ああ」
ハルトは、かぶりを振った。
「無茶だぜ。体が通らない大きさの穴だったらどうする?」
「この水の量が一度に来たのなら、体は通るはず」
ハルトは、穴を塞いでいる壁を指さす。
「それより、あの壁を魔法か何かで壊せ」
「そんな魔法など持ってはおらぬ」
「使えねー」
嘆くハルトを無視して、シュヴァルツは水が流れている方向とは逆に向かって泳ぎだした。
「おい! 水が勢いよく出てくる穴の中に入れるのかよ!?」
「この通路が水で埋まれば、穴から水は入ってこない」
「ってことは、俺たち潜水して穴を抜ける!?」
「そうだ」
ハルトは、「ありえねー!」と嘆くも、シュヴァルツの後を追って泳ぎ始めた。




