31.敵の正体
奥の方で痩身の人影が動く。それが魔石の青い光を浴びて、徐々に顔立ちが見えてきた。彼は目がくぼみ頬がこけて、亡霊のような不気味な男だった。
「よかったぜ」
ハルトの言葉に、男は「なぜ?」と首を傾げる。
「お前がカルドだったら、俺の推理は根底から覆るから」
「カルド? ……ああ、ペスカのお抱えの騎士か。もし、私の正体がカルドだったら?」
「いや、絶対ねえから。それより、お前の名前を聞こう」
「名乗る必要はない」
「俺は、ハルトだ」
「知っている」
「きたねえぞ!」
「それより、推理の続きを聞こう。そのくらいの時間は与えてやる」
ハルトは、余裕を見せる男を睨み付けた。
「まず、この土地で人気の領主様であるペスカは、表の顔と裏の顔とでは正反対だ。
それは、あの屋敷の調度品でわかる」
「裏の顔とは?」
「金の亡者だ。善行を重ねる領主様が、あんな金ピカの調度品を集める大金、どっから集めてくる?
温泉から湧いてくる? ありえねえ。間違いなく、領民には見えないように搾取している。
奴の頭の中は、金、金、金だ。だから俺たちを、ダンジョンに潜らせた。
殺すためではなく、魔石をせっせと集めて金のなる木に仕立てるためにな」
「ほう。それで?」
「だから、ここに俺を導いたのはカルドでもペスカでもねえ」
「だったら、私の正体は?」
「魔石をかき集められたら困る奴だ」
「…………」
「それに、この通路。それまでの仕掛け。
これらは、俺たちがダンジョンを潜ると決まってから、エッサエッサと作ったんじゃねえ。
ずーっと前からあった。
きっと、この先は、お前かそれとも黒幕かの屋敷につながっている、ダンジョンへのバイパスだ。
ここを通って魔石を集める。しかも、罠にも早変わり」
男は、ハルトの言葉を聞き終わると、パンパンパンと気の抜けるような拍手をした。
「なるほど。町で女と一緒に歌って踊っていた間抜けかと思っていたが、とんだ誤解だったようだな。やはり、当初の通り、第一階層で首を刎ねていればよかったわけだ」
ハルトは、偽のシュバルツが背後から襲うことを想像してゾッとした。
「本当だったら、このまま先に進んで、お前が現れたところで偽者が俺の後ろから首を刎ねるつもりだったんだろう?」
「その通り」
「お生憎様。奴は死んだ。
後は、魔石を探す前に、お前を倒す!」
「それは無理だ」
「無理なものか!」
「これでもか?」
すると、男は指笛を鳴らした。キーンとする音がこだまする中、奥の方から天井まで頭が届くような大男が現れた。よく見ると、何かを肩に乗せている。
その大男が痩身の男の横へ、肩に乗せていたものを放り投げた。
それは、縄でぐるぐる巻きにされたシュヴァルツだった。
「シュヴァルツ!」
「坊主……、悪い……、こいつらに捕まって、この通りだ」
大男が幅の広い剣をシュヴァルツの首に突きつけ、「さあ、こいつの命が惜しければ、その二本の剣を捨てろ」と言う。
ところが、ハルトはニヤッとした。
「おい、シュヴァルツ。こっちに来い」
「坊主、無理だ……」
「頭を使えよ、頭を。もし、飾りの頭なら、そいつに切り落とされちまえ」
すると、シュヴァルツはハッとした表情をし、ハルトの方を向いてニッと笑った。
大男は薄笑いを浮かべ、「切り落としてもいいらしいぞ」と言いながら剣を振り上げる。
そのチャンスに、シュヴァルツは小さな黒猫に変身した。縄をすり抜けられるサイズになったシュヴァルツは、急いでハルトの下へ走る。そして、ハルトの後ろに回って元のサイズに戻った。
大男と痩身の男は、地団駄を踏んで悔しがる。
ハルトは「剣はどうした?」とシュヴァルツに尋ねると、彼は「あいつらに取り上げられた」と答えた。
すると、ハルトはオルテンシアの剣をシュヴァルツに渡した。そして、カメリアの剣に向かって「カメリア。俺はお前を信じる。一本でも行けるよな?」と問う。
『承知!』
満足そうに剣を眺めたハルトは、正面の男たちを睨み付ける。
「さあ来いよ、下種野郎!」
ハルトとシュヴァルツは、頭の横で剣を地面と水平に構え、剣先を相手に向けた。




