29.一方通行のダンジョン
左の穴も短めの暗いトンネルを抜けると、薄青色の壁面と天井が視界いっぱいに広がった。
ところが、様子が少し違う。通路が直方体のような形状をしているのだ。
ハルトは平らな天井や床や壁面に目を配りながら、舌打ちをする。
「ダンジョンにしては、やけに人工的だな。そう思わないか?」
しかし、腑に落ちないシュヴァルツは、疑問を呈する。
「人工的なダンジョンなどあるわけがない。それは、坊主の気のせいだ」
「いや、ぜってーこれは作りもんだ。おかしい。全てがおかしい。
普通、天然の洞窟みたいな場所に魔物がウヨウヨしてるはず。しかし、ここはお化け屋敷の迷路みたいなもんで、そこに魔物が仕込まれている感じがする」
「なぜそう思う?」
シュヴァルツが立ち止まったみたいなので、ハルトも立ち止まって振り返った。
「こんな格好した洞窟って、あんのかよ? どっかの通路みたいな」
「……偶然にこうなっているのかも知れぬ」
「おめでたい奴だな……。
なら、壁や地面や宝箱が魔獣ってありえんだろ?
コボルトとかミノタウロスとかだったらわかるが」
「…………」
「あれは、人を油断させるためのこしらえ物だ」
「油断させてどうする?」
ハルトは剣で自分の首を斬る真似をして「殺すんだよ」と言う。
「そんなことをする奴がいるか」
「いる。俺たちを近づけさせないために、仕掛けをふんだんに取り入れた迷路をこしらえた」
「誰だ、そいつは?」
「俺も知りてーよ。一番深い階層にいるラスボスだと思うが」
ハルトは前進を再開した。シュヴァルツはハルトを追いかけて、彼の背中へ問いかける。
「と言うことは、ここはダンジョンではないと?」
「ああ。ダンジョンの格好をした――」
ハルトは顔だけ振り向いた。
「冒険者の墓場よ」
「でも、坊主。ここを指定したのはペスカとカルドだぞ。ギルドのマスターも何も言っていない」
「何? 連中がここをダンジョンと言うからダンジョンなのか?」
「むう……」
ハルトは立ち止まり、二本の剣に向かって問いかけた。
「なあ、オルテンシア、カメリア。お前ら、このダンジョンに違和感はないのか?」
『確かに、こんなに整備された通路みたいな洞窟は初めてですし、出てくる魔獣も初めての形態のが見られますわ』
『ハルトが指摘した魔獣は見たことがない』
「だろ? なんか俺たち、ペスカに嵌められた気がするぜ!」
ハルトの力を込めた言葉が、通路のような洞窟内に反響する。
少しの沈黙の後、シュヴァルツがおもむろに口を開いた。
「じゃあ、戻るか?」
「このままペスカの屋敷に乗り込むってか? それもおもしれえ」
ハルトは大股で引き返したが、急に立ち止まった。
「坊主、どうした!?」
ハルトに追いついたシュヴァルツは、彼の前に立ち塞がる壁を見た。
「やられたぜ……。塞がれちまったんなら、もう引き返せねえ」
「なんてことを……」
「だから言ったろ? ここはダンジョンの格好をした――」
「「冒険者の墓場」」
ハルトとシュヴァルツは、ハモった。
「坊主、どうする!?」
すると、ハルトはシュヴァルツを手招きして耳元で囁いた。
「まず、ペスカの目的を考えようぜ。そこにヒントが見つかるかもな」
ハルトは、ヨイショと腰を下ろした。そして、小声で続けた。
「壁の向こうで聞いているかも知れねえ。まずは、座れ」
シュヴァルツが腰を降ろすと、ハルトは剣を置いて両手で口の前にメガホンを作り、大声で叫んだ。
「仕方ねぇ! 先へ進むか!」
彼の声が洞窟内にワンワンと響くと、壁の向こうで何やらゴトゴト音がした。
二人は顔を見合わせて、ニッと笑った。




