28.本当に進むべき道
宝箱の魔獣を倒したはいいが、それによって行き止まりの壁が開くわけでもなかったので、ハルトたちはいったん引き返すことにした。
彼らは慎重に周囲を見渡しながら歩みを進めたが、見逃した横道は見当たらず、結局、例の立方体の空間――人工的なエントランス――に戻ってしまった。
「嘘だろ、おい……」
「坊主、さらに戻るか?」
シュヴァルツは真っ当な提案をしたつもりだったが、ハルトは首を真横に振る。
「何か、ぜってー仕掛けがある……」
ハルトはクルリと正反対に体の向きを変えた。
「おいおい、もう一度行くのか!?」
シュヴァルツは、ハルトが先ほど入っていった穴にもう一度入ろうとするように見えたので、右肩をつかんだ。しかし、ハルトは彼を無視して、ジッと聞き耳を立てる。
「やっぱな。左の穴の雰囲気が、入る前と微妙に違う。
風を感じる……。騒めきも微かに……。
ってことは、正面がクリアしたので、それによって――」
そう言いながら、ハルトは足下にあった石を2個拾う。
「左の穴が通過できるように変化したってオチは、あるんじゃね?」
と、その時、彼は何かに気づいたのか、しゃがみ込んで左側の地面をジッと見つめ、次に右側の地面をジッと見つめた。さらに足下から穴まで、ゆっくり舐めるように足跡を目で追っている。
彼は「フッ」と口元だけで笑って立ち上がり、まず右側の穴に1個の石を投げ入れた。
バクン!
穴は、開いた口であるかのように大きな音を立て、石を飲み込んで再び開いた。
「右は変化なしだから、当然、ああなる。
で、左は――」
そう言って左の穴へヒョイッと石を投げるが、穴は開いたままだった。
「行くぞ!」
いきなりハルトが左の穴へ向かってずんずんと突き進むので、シュヴァルツは「待て!」と彼の左肩をつかむ。それを払いのけたハルトは、顔だけ振り返った。
「いちいち、つかむなよ! 俺に従え!」
「いや、戻ってきた足跡がないぞ!」
「じゃあ、帰るか?」
「……ああ」
「そうなるよな、戻ってきた足跡がなければ。……それが、罠なんだよ」
「罠?」
「お前のその目って、結構な節穴だな」
「なっ……!」
「よーく、こっちの地面を見ろよ。向こうへ続く足跡の左隣」
しゃがみ込んだシュヴァルツは、ハルトが指し示す足跡の左隣をゆっくりと目でなぞる。
「……消した跡がある」
「だろ? なぜ消す?」
「それは……」
「この先に行かれたら困るからさ」
「なら、正面から戻ってきた足跡は、なぜ消さぬ?」
「知るか。ここだけ消した間抜けな奴に聞いてくれ」
そう言い残して、ハルトは大股で穴の中へ入っていった。
「おい、大丈夫なのか!?」
ハルトは立ち止まる。そして、まだ立ち尽くしたまま声を掛けたシュヴァルツに、顔だけ向けた。
「いやなら帰れよ、と言いたいところだが――」
彼は、体の正面をシュヴァルツへ向けた。
「向こうの騒めきが半端ないから、手に負えないと思う。だから、来てくれ」
彼は、頭を下げた。
「相わかった」
シュヴァルツは、ゆっくり体の重心を前に向ける。そこにはためらいも感じられたが、軽く頷いて歩み始めた。
「わりぃ」
「言うな。俺は、坊主の勘を信じる」
「サンキュ」
ハルトは微笑みながら、歩みを再開した。




