27.想定外の魔獣
直進の道を選択したハルトは正しかった。先ほどの左右の穴のように食われることはなく、短めの暗いトンネルがあって、そこをくぐり抜けると薄青色の壁面と天井が視界を埋め尽くす。
青く見えるのは、点在する魔石の光によるものだが、これを持ち帰っても意味がない。
とにかく、魔獣を探して倒し、体内の魔石を獲得するのだ。
第一階層では、壁の一部が魔獣だった。そんな危険もあり得るので、壁に近寄らないで洞窟の真ん中を歩く。
だが、実はそれが間違いだった。
ハルトは、慎重に歩みを進めていると、右足がグニュっと柔らかいものを踏んだような気がした。少し足が沈み込むのだ。
下を見ても周囲の壁面と同じ岩に見えるので、気のせいかと思い、重心を右足に掛けていく。すると、下から地面が押し返してきた。
「っ――!」
危険を感じて後ろに跳んだハルトは、シュヴァルツともろに衝突して後ろ向きに倒れた。
「うわっ!」
突然、先ほど踏んだ地面の一部がパクッと口を開けて牙を剥き、唾液を垂らしながらムクムクと隆起して、ハルトたちの方を向いた。
壁の一部ではなく、今度は地面の一部が口だけの魔獣だったのだ。
「おい! シュヴァルツ! 離れろ!」
「坊主! この体勢ではすぐには無理だ!」
仰向けにひっくり返った際にシュヴァルツがハルトを後ろから抱いてしまったので、すぐには動けない。
だが、オルテンシアの剣がハルトをアシストする。
彼は、導かれるように剣を突き出し、一気に迫る魔獣の口の中を突き刺した。だが、刺されてもグイグイと口が迫ってくる。
今度はカメリアの剣が彼をアシストする。
この魔獣には目がないが、位置的に眉間の辺りを狙って剣を突き刺す。その途端、刺された箇所が魔獣の急所だったのか、目映い光の粒となって消え失せた。
すると、青白い魔石がストンとハルトの股間に落下した。
「いーーーっ!! てえええのなんのって!!」
「坊主、何が起きた!?」
「……教えねえ」
そう言いながら、ハルトは立ち上がって軽く五度ジャンプしてから左手に剣を二本持ち、右手で魔石を拾い上げる。そして、それを握りつぶすくらい固く握った。
「てめー、この野郎!」
「魔石に当たるな」
「うっせー! そう言う気分なんだって!
あーあ、お前の方に当たって欲しかったぜ」
「俺の方? どこに? 何が?」
すると、二本の剣が『クスクス』と笑い出すので、ハルトは「ぜってー言うなよ!」と釘を刺した。シュヴァルツは、頭が疑問符だらけのまま肩をすくめる。
ハルトたちは前進を再開した。今度は、足下の堅さを確認したり、剣で地面を突いたりして慎重に歩みを進める。そして、右カーブが見えてきたので、それに沿って歩いて行った。
と、その時、5メートルほど前方に壁が見えてきて、その前に縦横高さが1メートルほどの箱が置かれていた。遠くからでもわかる大きめの鍵穴が正面を向いている。雰囲気は、いかにも宝箱っぽい。
「おいおい、行き止まりってありかよ……。ここに来るまで横道はなかったよな?」
「ああ、なかった」
ハルトは立ち止まって、念のため周囲を見渡した後、剣の切っ先を箱へ向ける。
「なあ、あの箱は、開けろってこと?」
「知らぬ」
「何だよ。ダンジョン経験豊富じゃないのかよ?」
「こんなのは初めてだ」
ハルトは剣を持ちながら頭をかく。
「魔獣をバッタバッタ倒すのがダンジョンかと思っていたら、宝箱かよ! 人を食ったような仕掛けだなぁ!」
頭をかく彼の手が止まった。そして、視線が宝箱に張り付いた。
「人を食った……食った……食った……」
と、突然、何かを思いついた彼は、目を見開き後ろへ跳んだ。後ろで警戒していたシュヴァルツは、今度はぶつからないように後ろへ跳ぶ。
「ヤバいぞ!」
ハルトの声が洞窟内にこだました途端、宝箱が「グワッ!」と大声を上げ、上蓋が開いた。
またしても、それは口だった。無数の牙を光らせて大きく開いた口がハルトたちの方を向いただけではなく、今度は宝箱にバッタのような足が生えた。
「おい、オルテンシア、カメリア! 宝箱自体が魔獣だって気づかなかったのかよ!」
『気配を消していたみたいですわ!』
『ごめんなさい!』
「しゃーねえ! 行くぜ!」
『『承知!』』
ハルトは、オルテンシアの剣を上段に構え、カメリアの剣を中段に構えた。同時に、宝箱の足が曲がってジャンプの構えを見せた。
「せいや!」
掛け声と同時に剣を振り上げた彼が、宝箱に飛びかかる。少し遅れて、宝箱が口をさらに大きく開いて跳んだ。
空中で力強く振り下ろされた二本の剣が、魔獣の脳天付近に深く食い込む。だが、この一撃では魔獣は倒れなかった。
剣が食い込んだ魔獣とハルトが一緒に地面へ落下する。また余力のある魔獣は彼に食いかかろうとして、グイグイと剣を押しながら前進する。
「んだ、こいつ! ぬおおおおおおおおおおっ!!」
土俵際で踏ん張るように足に力を入れても、グググッと押される。
「てめー!! くたばれええええええっ!!」
と、突然、予想に反して魔獣が後ろに跳んだ。剣も抜けた。
押せ押せだったハルトは、勢い余って前のめりに倒れ込む。
その時、ハルトの上をシュヴァルツが剣を振り上げて飛び越えた。
「むん!!」
彼の一振りが宝箱を真っ二つにする。たちまち、光の粒が洞窟内を照らし、青白い魔石が落下した。
「やったのか?」
「ああ、もちろんさ」
ハルトは立ち上がって、左手に二本の剣を持ち、右手で服の汚れを払った。
「いいとこ、持ってかれたな」
「坊主が一撃を加えていたから、割れたのさ。俺だけの手柄じゃない」
「ちっ、惜しかったぜ! 畜生!」
そう言いつつも、ハルトはニヤリと笑った。
「ほら、魔石を受け取れ」
「おう」
シュヴァルツが、拾った魔石をハルトへ放り投げる。しかし、まだ服を叩いていたハルトは手を出すのが遅れ、魔石は彼の股間を直撃した。
「いーーーっ!! てえええのなんのって!!」
何度もジャンプするハルトを見て、シュヴァルツは「あの時のは、それか」と納得した。




