26.ハルトの急変
二人は恐る恐る穴の奥へと進んでいく。
薄暗さに慣れてきたので、点在する白熱球のような魔石だけでも明るく感じる。でも、深い階層までこの明るさが保たれているのだろうか? ランプとか松明とかを持ってきていないので、不安はつきまとう。
(まあ、暗くなったら帰ればいいな……)
そんなふうに、ハルトはのんびりと構えていた。
だが、魔石をドロップする魔獣がいなくなったら? 約束の数だけ魔石を回収できなかったら? そう思うと、あまり楽観的に考えるのもまずい。
「なあ、明かりを持ってきているか?」
「坊主、いいところに気づいた」
「おお、俺も役に立つことがあるのか!」
「持ってきていない」
「ガクッ。おいおい、暗くなったら手探りかよ!?」
「そうなるな」
「お前も結構抜けているな……。
考えても見ろよ。ここはダンジョンだぜ。何が起こるかわからないんだぜ!
それなのに、準備もしないで――」
「人のことが言えるか?」
「さーせんした……」
急に足取りが鈍る。おそらく溶岩が作ったであろう天然の洞窟は、恋しい空を完璧に覆い隠したまま、どこまでも伸びている。
枝別れの場所に来る度に、迷わないようにというか、馬鹿の一つ覚えというか、一番右の道を選ぶ。ぐるっと一周したら大笑いだが、この感じでは戻りそうにない。
なにせ、どんどん傾斜がかかって、下に向かっているのだから。
とにかく、魔獣が出てこない。いつまでも出てこない。さては、怖れを成して逃げたのか?
似たような岩肌と点在する魔石の明かりに見飽きて、緊張もどこかへ置き忘れ、あくびも出かけた頃、前方に青みが帯びた光が見えてきた。
「なんだぁ、あれ?」
「坊主、警戒は怠るな」
「人のことが言えるか?」
「言葉をそっくり返されたな……」
「へへーん。たまにはいいだろ?」
二人は、白熱球の魔石ではなく、青く光る魔石が点在する空間に出た。それで空間自体が薄青色に見える。
形は立方体で、縦横高さが、それまで通ってきた穴の2倍はある。とても天然に出来たとは思えない、明らかに人工的なエントランスだ。
エントランスに開いている穴は、今立っている後ろを含めて、前後左右の4箇所。突き進むなら3択。
ハルトは空間の中心に立ち、辺りを見渡した。そして、目を閉じてうつむく。
と、その時、ハルトは全身がブルブルと震え、胸筋が服の下で脈打った。後ろにいるシュヴァルツにはそれが見えていないので、単に立ち止まって震えているにしか見えなかった。
「おい、坊主。怖れを成したか?」
ハルトの震えは止まり、両手の剣を斜め下に降ろしたまま、天を仰ぐ。
「どうした?」
「…………」
「おい!」
「うっせー! 黙ってろ!」
シュヴァルツはムッとしたが、ハルトの言葉の勢いと少し太くなった声変わりから、彼の体に何かが起きたことには気づいた。
しばらく天を仰いでいたハルトは、顔だけ後ろを向けた。鋭い眼光に射貫かれそうになり、シュヴァルツはゴクリと唾を飲む。
「シュヴァルツ。わりぃが、今から俺の指示に従え」
「なっ……! まあ、いいだろう」
「お前の意見を聞くのはこれが最後だ。
シュヴァルツなら、またここでも右か?」
「ああ」
「いーや。俺なら、ここは直進だ」
「なぜだ?」
「正面から微かに音がする。だが、左右からは音がしない。
……ってか、今こうやって話している声が左右から反響して返ってくるように感じる」
「どこからも音はしないが」
「その耳は飾りか? ああん?」
「――っ! むむぅ……。坊主を侮っていたが、実は、相当な冒険者だったことを隠していたとか?」
「いや、そうじゃねぇ。こいつらのおかげさ」
そう言って、ハルトは両手の剣を持ち上げ、それらを嬉しそうに見上げた。
「このオルテンシアとカメリアから、魔力のような物が注ぎ込まれたんだ。そうしたら、感覚が研ぎ澄まされ、俺今まで本気出していなかったって気分になって」
「ほう。……で、左右から音が反響すると言うことは、行き止まりってことか?」
「ある意味、行き止まりは正しいが、そういう行き止まりじゃねぇ」
「足跡はあるぞ。人が出入りをしているが」
「戻ってきてねえよ。見ろよ、左右の足跡の向きを」
シュヴァルツは左右へ伸びるたくさんの足跡を見て、それから正面の足跡と見比べる。
「本当だ。戻ってきているのは、正面のみ。左右は行ったきりだ」
「ってことは、こういうことよ」
ハルトは、足下に散らばる岩石の塊を2つ拾って、右の穴に向かって1つ、左の穴に向かって残りの1つを放り投げる。
と、突然――、
バクン! バクン!
まるで穴が、開いた口であるかのように大きな音を立てて、投げ入れられた石を飲み込み、再び開いた。
シュヴァルツは、目をぱちくりする。
「なんか、俺、人格まで変わったかも。
すっげー、勇者って気分」
すると、剣から声が聞こえてきた。
『そうですわ。ここから先は第二階層。ハルトの感覚と体力と性格まで、それに耐えられるように引き上げましたわ』
『お礼はいらない。そうしないと、私たちもやられる』
ハルトは、再び頭だけを後ろのシュヴァルツへ向ける。
「だってよ。
さあ、行くぜ! 俺の背中を預けるから、よろしくな!」
「相わかった」
ハルトは大股で正面の穴に入っていく。シュヴァルツは、深くため息をついてから剣を固く握りしめ、彼の後を追った。




