25.ダンジョンは危険がいっぱい
ハルトは咄嗟に地面に伏せ、首を縮めた。
その機敏な動きと状況判断が正しかったおかげで、立っていたハルトの首の位置にシュヴァルツの剣の銀閃が走り、襲いかかったもう一匹の狼もどきの魔獣を斬り捨てることができた。
ハルトの頭の上に、魔獣の体内から出てきた魔石がゴツッと落ちる。
「いってえええっ!」
頭の上で弾んだ魔石がコロコロとシュヴァルツの足下に転がり、彼はそれをヒョイと拾った。
「坊主。食われるよりは痛くないぞ」
「わかってるけど、いつつっ……、もうちょっと別の場所で狩りをして欲しかったぜ」
「ダンジョンでは、暗闇から目を離すな。二匹に見えていたかも知れぬが、後ろに一匹いて、時間差で攻撃してくることはよくある」
「意外と頭がいいんだな、魔獣のくせに」
「坊主の頭が悪いのさ」
「なにぃ!」
ハルトは向きになって立ち上がった。そこに、シュヴァルツの蹴りが入る。
胸をまともに蹴られたハルトは、手足をばたつかせて後ろに下がり、石に躓いて仰向けに倒れた。
だが、それは喧嘩ではなかった。シュヴァルツから見て左側の壁から、その一部が真横に盛り上がってハルトに向かってきたからだ。長さは2メートル以上、幅は1メートル、高さは50センチメートル以上ある。
そんな出っ張りのようなものの正面が、途中で真横に割れて、ねっとりとした唾液が絡む白い牙を向いた。
口だけの怪物だ。
シュヴァルツは、素速く剣を振りかぶり、渾身の力を込めて怪物の首めがけて振り下ろした。
「むん!」
『グエッ!』
伸びた首の半分に剣が食い込む。だが、深く食い込んだ剣は、シュヴァルツの力を持ってしても抜けない。彼は怪物の首に足をかけて引き抜こうとする。
それでも抜けないでいると、口がクルッとシュヴァルツの方を向いた。と、その時――、
ザシュッ!!
怪物の首が何かに切られる音がして、シュヴァルツを噛みつこうと大きく開かれた口ごとドサリと地面に落ちた。
シュヴァルツの向かいに、ハルトが二本の剣を斜め下に構え、足を広げて立っている。
「おい! シュヴァルツ!」
「坊主、すまぬ。あれは――」
「わかってるって。咄嗟の判断だろ?」
「ああ」
「これで借りは返したぜ。
しっかし……、なんだい、このダンジョンは?
これがこの世界で普通か?」
すると、ハルトの剣がシュヴァルツの代わりに答えた。
『こんなの、当たり前ですわ』
『ハルトが知らなさすぎ』
「てめー! この異世界に飛ばされて初のダンジョンなんだから、知るわけねえだろうが!」
『お姉様。女体盛り大好き侍がいじめる』
「久しぶりー。毒舌来たー」
『淫乱変態男が何か言っている』
「だったら、この壁に突き刺して帰るぞ!」
『まあまあ、仲良くやりましょう、カメリア』
『はい、お姉様』
「仲直り、はえー。
……んで、どうする?」
『どうするって? 私を壁に刺したいの?』
「カメリア、お前に訊いてねえ!
シュヴァルツ、この先どうする? 奥に行くのか?」
「まだここは第一階層。序の口だから、当然」
ハルトは天井を仰ぐ。
「これで序の口かよ。不意打ちが多過ぎだぜ。
結構、冒険者がやられているんじゃないか? 先に行くと、白骨がゴロゴロと転がっているとか」
「こいつみたいなのに食われるから、体など残らぬ」
「ああ、この口のお化け?
……そういや、こいつ、魔石が出てこないな。
しかも、光の粒になって消えないし」
「ん? 確かに、坊主の言う通りだ」
「……ってことは?」
「ってことは?」
二人が顔を見合わせたその時、口が大きく開いてシュヴァルツに飛びかかった。
咄嗟に口の中へ剣を突き刺したシュヴァルツだが、右腕の一部に牙が食い込んだ。
「――っ!」
だが、後ろからハルトが二本の剣で怪物を滅多斬りにし、ようやく大量の光の粒となって消える。そして、地面に青白く光る魔石がゴトリと転がった。
「大丈夫か!」
ハルトは魔石を放置し、シュヴァルツへ駆け寄る。
「少しやられたが、問題ない。自分で治癒できる」
シュヴァルツは左手を傷口に近づける。すると、傷口の上に緑色に光る魔方陣が出現し、みるみるうちに傷口が塞がっていった。
「便利だなぁ。その魔法、今度教えてくれ!」
目を輝かせるハルトに向かって、シュヴァルツは口角をつり上げて言う。
「ああ、いいとも。
ただし、ダンジョンが終わってからだ」
「ひえええええっ、マジか……」
ハルトは天井を仰いだ。




