21.狡猾なギルドマスター
うまい食事なのだが、素材の原型を連想すると食欲がなくなる。それでハルトは、今後一切、何の肉とか何の野菜とか聞くのをやめようと決意した。
それは、不味そうな顔をすると、カメリアが悲しむ恐れがあるからだ。
かといって、無理して食べると、この異世界に来たことを憂えて自分の方が悲しくなるが、こればかりは諦めるしかない。要は、慣れである。これは、異世界に限らず、異国の食事について回る話だ。
食事が終わると、シュヴァルツが妙に乗り気になってハルトの腕を取り、買い物とギルド登録へ行こうと急かした。
一方のハルトは、カメリアの顔色が気になって腰が重かった。だが、彼女が調理場から出てこないので、仕方なくシュヴァルツに従って、近くのコンビニへと向かった。
コンビニの建物は、他と変わらず二階建ての木造建築だった。一応は、一階が食料品、二階が雑貨や日用品と分かれていた。
中の作りは、無理に商品を詰め込んだ量販店、という感じである。通路が狭くて客が多いため、必ずと言って良いほど肩がぶつかる。
そんなときにいちいち謝っていては、謝り続けないといけないので、誰一人声を出さない。ハルトは、肩がぶつかるだけではなく、何回か尻相撲のように押され、足を踏まれた。
目的のカーテンは吊されておらず、丸めて筒状にし、立てかけられていた。柄など選んでいる余裕はないので、筒状のカーテンをサッと取って人の波に流されて会計へ急ぐ。ハルトは、混雑するイベント会場で押し合いながら限定グッズを買っている方が平和に思えてきた。
丸めたカーテンを金剛杖風に持ったハルトは、シュヴァルツの後を追うようにギルドへと向かった。
オルテンシアから道順を教わったシュヴァルツだが、一回聞いただけで迷うことなくたどり着いたのには、ハルトも驚嘆する。
「こんな曲がりくねった道を、よく覚えているなぁ」
「一発で覚えない方がおかしいぞ。
まさか坊主は、覚えていないとは言わないよな?」
「も、もちろんだ」
早くもハルトは、ダンジョンで道に迷ったら嘲笑されそうだ、と不安になってきた。
ギルドの建物の中は、四人がけの丸テーブルが五つ並んでいて、すでに一杯やっている連中で席が埋まっていた。
酒を飲んでいるのは、犬族、猫族、牛族、馬族、狼族のような獣人が多く、人は少ない。中に入ったハルトたちは、どいつも一癖ありそうな二十の顔に迎えられた。
どう見ても居酒屋だが、左右の壁にたくさんの張り紙があって、そこかしこに人や獣人が鈴なりになって見ている光景がいかにもギルドらしい。
正面のカウンターに、禿げ頭の太った中年男が腕組みをして来客を睨んでいる。ハルトは、あいつがギルドの親玉だろうと歩み始めたが、シュヴァルツに制止された。
すると、近くにいた狼族の男が、二人の頭の先から足の先までなめ回すように見て声をかけた。
「新入りは、お断りだね。帰んな」
すると、シュヴァルツは、一歩前に出てそいつを見下ろした。
「新規登録に来た。お前は、マスターか?」
「しんきとーろくぅ? 誰の紹介だ?」
「だから、お前はマスターかと聞いている」
「ちげーよ。マスターにたどり着くまでに、俺らを超えて行きな」
彼の言葉に、周りにいた数名がゲラゲラと笑い始めた。
「いきなりここでやるのか? いいだろう」
シュヴァルツがそう言うと、彼の腰の周りが光り輝き、ベルトと鞘に入った剣が出現した。
「うおっとぉ。そいつは、ルクス族の剣じゃねぇか。
ってことは、貴様はルクス族?」
「左様」
「マスター。ヤバいのが来たぜ」
狼族の男は、カウンターの中年男へ声をかける。やはり、親玉は彼のようだ。
彼は、腕組みをしたまま、モゴモゴと声を出す。
「ルクス族の新入りなぞ聞いておらん。来るのはハルトとか言う若造、と聞いておる」
ハルトは、目一杯背伸びをして挙手をした。
「僕がそのハルトです」
「ああん? しけた面をしたくそガキが何を言う。金持ちの若造と聞いたが」
「誰に?」
「…………」
「だから、誰に!?」
「知りたきゃ、金を積みな」
「ペスカがそう言ったのか?」
「ペスカ様と言え!」
マスターがハルトの顔に向けて投げた灰皿を、彼はすんでの所で避けた。
後ろのドアにぶつかって床に落ちた灰皿が転がる。その音が聞こえているうちに、シュヴァルツが踵を返した。
「帰るぞ。話にならぬ」
「えっ? ここに所属しなくていいのかよ?」
「ああ。ギルドは他にもある」
そんな二人のやりとりを聞いていたマスターは、「ちょっと待て」と二人を引き留めた。
シュヴァルツは、顔だけ振り向いた。
「ペスカ様から聞いていたのと違う若造が来たから帰れ、というのだろう?」
「まあ、俺の聞き違いということもあるだろうから、とりあえず所属を許可する」
「金持ちの冒険者からふんだくれなくて、残念だな」
「うぬぬ……。ルクス族だからって、言わせておけば……」
「悪いが、帰らせてもらうぜ」
「ところが、そうはいかん」
「なぜだ?」
シュヴァルツが、体の正面をマスターへ向けた。
「ギルドは、ここしかないからさ」
マスターは、「どうだ参ったか」と言いたそうな顔をした。
舌打ちしたシュヴァルツは、ハルトの顔を見る。どうする?という意味だ。ハルトは頷いた。
「いいぜ」
シュヴァルツが一歩前に出た。それに対して、マスターは、人差し指を立てた。
「登録料は金貨で100枚」
「そんな大金はない」
「なら、一日だけ猶予をやる。ダンジョンに潜り、魔石を10個、明日までに持って来い」
「ということは、魔石1個につき金貨10枚で買い取るのだな?」
今度は、マスターが「失敗した」という顔をする。形勢が逆転したようだ。
「ぼ、ボーナスだ。通常は、魔石1個につき、大きさによって1から3枚だ」
「特別な魔石があると聞いたが、それは何枚で買い取る?」
「大きさによって、10から20枚だ」
「ボーナスというのは明日だけか?」
「もちろん」
「二言はないな?」
「ない」
「なら、明日30個取ってくるから金貨300枚で買い取れ」
マスターは、歯ぎしりをしながら唸るように言った。
「いい……だろう」
シュヴァルツは、口角をつり上げて笑った。




