20.カメリアの手料理
追加料金の一件は、ハルトの失言というよりかは、おそらく外で聞き耳を立てていたピーノとカンナの仕業だろう、というのが大方の見方だった。
ハルトはカンナを犯人にしたくなかったが、あの悪戯っぽい眼は、ぶりっ子に騙された男を嗤う眼だ。彼は以後、少しはカメリアの方へ目を向けるようになった。
部屋で荷ほどきをする仕草が可愛い。ちょっと、ツンとした表情もいい。
カメリアがチラチラとハルトを見る度に、頬が桜色になっていく。悪態をつかないのは、気にしている証拠だ。
手が動いていないとオルテンシアに何度もたしなめられるハルトだが、その時はせっせと荷ほどきをするも、動きが止まりがちになり、何かとカメリアの方を見てしまう。
調理場にカメリアが行ったときなど、用もないのに付いていったほどだ。彼女は食器や料理器具を綺麗に並べているので、ハルトは思わず感嘆の声を上げる。
「すっげー、綺麗だ!」
「えっ? えっ?」
「几帳面だね」
「そっち……。
えっと、この方が、調理がはかどるの」
「おいしい料理が楽しみ」
「そういえば、作ってあげていなかった。今からでも食べる?」
「食べる、食べるとき、食べれば、食べるよ」
目を丸くしたカメリアだが、一瞬だけ微笑んで、プイッと後ろを向いてしまった。
その後、荷ほどきと整理はすぐに終わり、カメリアが腕を振るう『ディナーに近い時刻のランチ』を待つことにした。
ベッドに腰掛けたり、後ろに手をついたりしながら、三人はこの町に来てからのことを振り返る。ただし、ピーノとカンナに聞かれては困る内容は、小声になるか、「あれ」とか「それ」とかの代名詞を使った。この宿屋は、ドアにも耳ありだから油断できない。
そうこうしているうちに、良い匂いが部屋に漂ってくる。開けっぱなしにしている窓の外にまで漂うから、もしかして人が集まっているのかとハルトが窓辺に行くと、犬族の数人が窓の方を見上げ、舌を出してハッハッとしていた。おそらく、よだれでも垂らしているのだろう。
小一時間もすると、「ごめん、遅くなった」とカメリアがごちそうを運んでくる。
一口サイズの肉塊の唐揚げ風、野菜スープ、大胆に野菜をちぎったサラダ、ゆで卵と岩塩。
肉のこんがり焼けた匂いが胃袋を鷲づかみにする。色とりどりの野菜が、目を楽しませ、食卓を賑やかにしてくれる。
市場の人からお礼にもらった物で、こんなごちそうが出来るのか。彼女は、魔法をかけたに違いない。
ハルトは、真っ先に席に着き、先ほど見た犬族の連中みたいに、舌を出してハッハッと真似をしたくなった。
そして、ナイフとフォークを持って、いただきまーす、とフライングしようとしたが、三人が着席して祈りを捧げだしたことに気づき、慌てて真似をする。
何を祈っているのだろうと耳を澄ますと、オルテンシアが微かに「クリザンテーモ・セレーナ様が見つかりますように」と囁いている。なるほどと思ったハルトは、「カエデが見つかりますように」と続けた。
それから、オルテンシアの合図で「いただきまーす」と全員が合唱し、賑やかな食事が始まった。
うまそうな肉塊に最初にかぶりついたのは、もちろんハルト。うまいことはうまいのだが、意外に固くて筋が多いので、誰か知っている奴は答えてくれというような顔を皆に向けて質問をする。
「この肉、すっげーうまいけど、何の肉?」
「おそらく、鹿ですわ」
ハルトは、食べかけの肉を噛むのをやめた。
「いいえ、お姉様。一角獣です」
その言葉に、オエッとなる。
「そうかなぁ? 俺は黒耀馬だと思うが」
その馬がどういう生き物かわからないハルトだが、いずれにしても、とんでもない物を食わされているらしいことがわかって、胃袋が食べ物を上に押し返そうとしている。しかし、カメリアの手前、強引に咀嚼をして逆流を押し戻した。
胃袋に勝利したハルトは、野菜スープに飛びつく。
「あら、おいしいお肉は、もうよろしいですの?」
「や、野菜スープもおいしそうなので……」
彼がすするスープの味は、絶品だった。ただ、野菜がコリコリした食感なので気になる。
「この黄緑の固い野菜は?」
「キャベツではないかしら?」
ハルトは安心して、ガツガツと食らいつく。
「いいえ、お姉様。ヴィーナスフリーゲンファレですわ」
「何、そのヴィーナスなんとかって?」
「坊主、知らないのか? ハエを食う草だぜ」
ハルトは、再び胃袋と格闘が始まった。
すると、彼の心の中でラップが流れてきた。
(肉うまい。汁うまい。サラダも卵もたぶんうまい。肉は何。野菜何。聞いたら今度はマジ食えない。でも、それ言えない。飲み込みたい。カメリア泣き顔見たくない)
と、その時、ハルトに妙案が浮かんだ。
「そうだ。カーテンを買いに行かないと。
ついでに、ギルドに登録してこないと」
「坊主。俺も行くぜ」
「そうか! 来てくれるか、シュヴァルツ!」
「その前に、たっぷり食えよ」
「…………」
ハルトの苦難は続くのであった。




