19.男女同室
カンナが「こっち、こっち」と可愛い顔で手招きをするので、すっかりデレデレになったハルトは彼女の顔しか見えなくなっていた。まるで、催眠術にでもかけられたかのようだ。
「ここが、今日からハルトたちのお部屋よ! 素敵でしょう!?」
カンナが紹介した二階の部屋は、30平方メートル以上の広さ。大型のツインルームという感じだ。
そこに、ダブルベッドが二つ、小さめの長いテーブルが一つに椅子が四脚。窓辺には、二人用の丸テーブルに椅子が二脚が置かれている。荷物は部屋の隅に積まれていた。
部屋を覗き込んだオルテンシアは、「家具が多いから、ちょっと狭いわね」と言う。
「自炊用の調理場はこっちよ」
カンナがポーンと手で押して開いたドアの向こうを、カメリアが真っ先に覗いて「それほど広くはないけれど、何とかなりそう」と顎に手を当てた。部屋の隣が調理場なのは、前の宿屋と同じ構造だ。
「あのー、カンナちゃん。ここに四人、じゃなかった、三人と一匹が入るのかな?」
「そうよ」
「もしかして、男女同室?」
「宿代が二倍になるけれど、二部屋借りる?」
カンナの後ろで首を横にブンブン振るオルテンシアを見て、ハルトは「遠慮します」と引き下がった。
「ど、どうしよう……」
ハルトは、腹の前で手を組んで、二本の親指を交互にクルクルと回転させる。
無理もない。ハルトにしてみれば、少女と同じ部屋に寝るなんて、初体験なのだ。寝る前に着替えをしている二人を想像するだけで、心臓がドキドキし、頭のてっぺんから湯気が出てきそうになる。
「ねえ、ハルトぉ」
カンナが猫なで声で迫ってくる。
「な、何?」
「こっちの女の人と結婚しているの?」
「け、結婚だなんて、とんでもない!」
ハルトは、両手を振って全力で否定する。カンナの見えていないところでも、オルテンシアとカメリアが同時に顔の前で手を振っている。
「そうなんだぁ。お相手がいないんだぁ」
「ま、まあね」
「ふーん。じゃあ、夜、この部屋に来ていい?」
「え? えええええっ!?」
「そうして、二人でベッドでぇ」
「べ、ベッドで!?」
「せ……」
「せ?」
「せっ……」
「SE……!?」
「せっっ……」
「まだ早いよ、子猫ちゃん……」
「せっっっかくだから、お話ししない?」
ハルトは思いっきりずっこけて、カンナに大笑いされた。
さらに、追い打ちをかけるように、カメリアから「なんか卑猥なことを考えていたでしょう?」と突っ込まれて、気の毒なくらい赤面してしまった。
カンナが退室した後、ハルトとオルテンシアが話し合った結果、入り口に近い方のダブルベッドをハルトとシュヴァルツ用にして、周囲をカーテンで囲うことにした。カーテンの調達役は、もちろん、ハルトが指名された。
ここで、シュヴァルツがベッドの上に飛び乗り、前足を上げて発言の機会を求めた。
「ちょっといいか? 俺はいつまで猫のままでいるのだ?」
「お前は飼い猫って設定だろ? ずっとそのままでいいじゃん」
「ダンジョンに潜るとき、戦力が必要だろ?」
「まあ、それもそうだな」
「とにかく、ずっとこの格好では辛いから、人の姿に戻るぞ」
「前の宿屋でもそうだったのか?」
「ああ、人目を避けて戻っていた」
シュヴァルツはそう言いながら、黒い煙に包まれ、たちまちのうちに2メートル近い背丈のシュヴァルツが現れた。
「ふー、長かったぜ」
彼がベッドの上に腰掛けて、ため息をつきながら首筋を撫でていると、突然ドアが乱暴に開いた。
ギョッとする四人が見たものは、悪戯っぽい目をしたカンナと後ろ手を組んだミーナだった。
「どうも黒猫が怪しいと思ってたら、やっぱり化けていたのかい。一人分の料金を追加してもらうよ! いいね!?」
ミーナがグイッと突き出した手に、オルテンシアは渋々追加料金の金貨を渡した。
「もしかして、僕らの会話を外で聞いていたのかい?」
ハルトは、がっかりした顔をカンナに向けると、彼女は、ふふんと笑った。
「だって、四人って言ってたわよ、ハルトが」
「あちゃー」
ハルトは、しきりに頭をかいた。




