1.運否天賦
この物語の舞台となっている異世界の言葉、地名、固有名詞は、ドイツ語がベースとなっています。人名は、主にイタリア語がベースです。でも、実在する地名、人名、固有名詞には全く関係ありません。あくまで異世界の言葉として捉えていただけると助かります。
では、ごゆっくりお楽しみください。
[第一話の主な登場人物]
祭城ハルト……………………………………主人公。消えた妹を探す高校二年生
祭城カエデ……………………………………ハルトの一つ下の妹。養子
<マグデブルク公国の関係者>
オルテンシア・アマティ……………………ガーディアン。双子の姉
カメリア・アマティ…………………………ガーディアン。双子の妹
シュヴァルツ・フリーデマン………………黒猫。正体は、ルクス族の剣士
クリザンテーモ・セレーナ…………………行方不明のお姫様
ペスカ…………………………………………領主
カルド…………………………………………ペスカ家の騎士
ピーノ…………………………………………宿屋の女将さん。小人族
カンナ…………………………………………宿屋の使用人。猫族
ラーモ…………………………………………居酒屋の御上さん。犬族
アルガ…………………………………………居酒屋の使用人。鳥族
エルバ・モスカ………………………………クリザンテーモ姫を捜す魔人
ノアール・ミスト……………………………魔女。召喚魔法などを操る
とある晩春の嵐が去った日のこと。
コバルト色の天蓋には、一片の薄雲すら見当たらない。
昨夜から続いていた強風が、全ての雲を地平線の向こうへ吹き飛ばしたのだ。
今は、それまでの嵐が嘘のような静けさ。微風さえ感じないほど、大気が止まっている。
正確に時を刻む太陽は、ジリジリと天蓋をよじ登り、北と南を結ぶ線上を通過するまで、もうあと少しである。
鳥たちが、降り注ぐ光を全身に浴びて、静穏な生活を謳歌しながら飛翔する。
彼らの下に広がるのは、濃緑色の海。茫漠たる森である。
突風が吹いた時は、頭をなでられて揺れる木々の葉が波を描いていたが、もう時間が停止したかのように、濃緑色のカーペットになっている。
今ちょうど、二羽の黄色い小鳥が、そのカーペットの上に滑らかな軌跡を描きながら羽ばたいている。その素早さと繰り返す軌跡の正確さは、まるで曲芸でも見ているかのようだ。
二羽は金糸雀に似ているが、尻尾が異様に長い。オスは頭の毛が鶏冠のように立っていて、メスは立っていない。この世界でも珍しい鳥だ。
彼らがこうして飛んでいるのは、愛を誓う儀式を行っているため。
やがて、彼らは疲れた羽を休めるため、近くの手頃な木の枝を見つけて、仲良く舞い降りた。
羽をたたんだメスは、オスの方へ羽をすり合わせるほど近づいて、頭を傾ける。オスは、メスの頭の上に頬を寄せる。
こうして、しばし互いの呼吸を感じていると、突然、彼らはビクッとして後ろを振り返り、斜め下方向へ視線を移した。
静寂の森に似つかわしくない喧騒が近づいてきたのだ。
愛をもう少し語りたかった二羽は、両膝を勢いよく伸ばしてジャンプし、忙しく羽ばたきながら飛び去った。
喧騒の原因は、一人の少年と一人の少女。
森の中を脱兎のごとく走る少年。彼の背中を睨み付けながら、豹のように追いかける少女。
少年は、スマートマッシュの銀髪に、黒のテーラードジャケット、純白のカットソー、黒のスキニーパンツ、ネイビーのローカットスニーカー。顔はイケメンの方だ。
少女は、金髪のぱっつん前髪で、胸が隠れるくらいに伸びるロングヘアだが、――体にバスタオルで巻いて、剣を持って裸足。顔は、ハッとするほどの美少女である。
走り抜ける二人が残した一陣の風に、驚いたウサギや子鹿などの小動物たちが集まり、首を伸ばして、その尋常ならぬ追いかけっこを見送っている。
と、突然、少女が剣を振り上げて叫んだ。
「お待ちなさい! 逃げても無駄ですわ!」
「これが逃げずにいられるか! そんな長いもん振り回されたら――」
「とにかく、それを返してくださらない!?」
「返すって言ってんだろ! でも、『神妙に斬られてから返しなさい』って言われたら、『はいはい』って、ふつー言わねえぞ! ――うおっ! あっぶね! 頭かすった! マジ、髪切れた! お前なぁ、ハゲになるだろうが!」
「――っ! 斬り損ねた、ですわ!」
「へへーんだ。この俺、ハルトの足を嘗めんなよ。かけっこは、うちの高校でぶっちぎり一位だぜ」
「こーこー? なんのことやらサッパリですけれど、このわたくし、オルテンシアより足が速いとは、実に悔しいですわ!」
「ざまあみろ。……って、さっきから、お前、片手でタオル押さえて片手で剣持って走ってるけど、器用だな」
「こうなっているのも、変態で痴漢のあなたが、わたくしたちの下着を盗んで返さないからですわ!」
「グサッとくる単語、並べるな! さっきも言ったろ! この下着は、俺が森の中で迷ってたところへ、鳥みたいに羽ばたいて飛んで来たんだぜ! 逃げるから捕まえてやっただけなんだが――」
「水辺で干していた場所からあそこまで、そんな都合良く飛ぶはずがありませんわ!」
「飛んでたんだって! ブラとパンティが二つずつ! ヒラヒラとじゃなくてパタパタと! ……ん? おい、あの分かれ道、どっち行けばいい?」
「右ですわ」
「サンキュ」
「――って、わたくし、何、盗人に道を教えているのかしら! バカ、バカ、バカ!」
「へへへ。お前って、意外に抜けてるな。……それにしても、この森。なんか、あっちこっちから視線を感じるんだが? しかも、そいつら、宙を浮いてるし」
「あなた、精霊が見えていらっしゃるの?」
「えっ? あれが精霊!? マジで!? ここ、異世界!?」
「いせかいって何ですの? ここは、マグデブルク公国の精霊の森ですわ」
「まじデブる公国?? でも、お前、スレンダーだよな。胸は、……残念っぽい」
「今、何とおっしゃって?」
「独り言。気にしない、気にしない。……ん? 今度の分かれ道はどっち?」
「……左ですわ」
「どもー。……え? えええ!? 行き止まりぃ!? ――ととと! ストーーーップ! さては、謀ったな!?」
「さあ、観念なさい」
「うわっ! 顔に剣を突きつけんな! 危ないじゃんか!」
「さあ! さあ!! さあ!!!」
「下着を返し――じゃなくって、この通りお渡ししますから、おねげえしますだ、お代官様。ささっ、その剣を、仕舞っておくんなせえ」
『お姉様。わたくしたちを愚弄する、その淫獣を、早く斬り捨ててしまいましょう』
「へ? お前、そのぼそぼそって声で、腹話術できんの?」
「違いますわ。妹のカメリアがしゃべっているのですわ」
「妹? どこに?」
「この剣ですわ」
「マジ、やっべえのが、現れた! 人が剣に変身してしゃべってるって。へー、へー、へー」
『お姉様。さあ、今すぐ一刀両断に!』
「アイスのパピ○じゃあるまいし。俺を真ん中から仲良く二人で分けるな! おやー!? なぜかこんな所に、木刀の形をした長い棒が――」
「あら? このわたくしと、その棒でやり合うおつもりですの?」
「おうよ。俺の親父は剣道、おふくろは弓道、じっちゃんは空手、ばっちゃんは薙刀やってんだぜ。その遺伝子を持つんだから、当然、俺TUEEE! ……はず! ……たぶん」
「あら? おっしゃる割には、構えがなっていませんわ」
「なら、俺の妹、カエデ直伝の技を披露してやろうか? ほれ、ほれ、ほれ」
「まあ! その攻撃は何ですの?」
「フェンシング。――そうだ、妹を探してたんだ。こんなこと、してらんない。――お先にぃ」
「お待ちなさい! その奇妙きてれつな剣術に自信がおありなら、わたくしの最強の姿でお相手して差し上げますわ。精霊魔剣!」
「おおっ! タオルが消えた! ――うわっ、眩しっ! なぜか、光が部分的に隠してる! ――す、すっげー! 体の周りに光のトルネード! 見えそうで、絶妙に見えない! 次は、虹色のシャワー! クルクルと舞いながら恍惚の表情、そして全身武装! えっ!? そこから、まだ変身すんの? ――わわわっ! 日本刀みたいな剣に変身した!」
『ホホホ。驚いたようね。これがわたくしの魔剣。鋼鉄もダイヤモンドをも切る、最強の魔剣よ』
「なんか、かっけー。でも、せんせー。質問がありまーす」
『何なりと、おっしゃって』
「俺の目の前で、地べたに転がってる二本の剣がありまーす。果たして、この後、どうなるのでしょーか?」
『くっ――!』
「あれれ? 剣が汗かいてる。脂汗? へー、変身後に汗かくとそうなるんだ。んじゃ、俺はこれで上がりまーす。お疲れっす。あ、下着は、そこの枝に引っ掛けといたから」
『ちょっと、お待ちなさい! ――来るわ。とてつもなく邪悪なものが』
「なーんにも見えませんが」
『あれは、狂心精霊』
「はあっ? お前の最強の魔剣とやらで、スパッと半分こにしてもらって――」
『自分じゃ、どうにもならないのですわ!』
「あっさり、今の状況を認めた……」
グルルルルルルルルルル……
「なんか、やっべー声、聞こえてきた!」
『お願いですわ! その棒ではなく、わたくしたち二本の剣で、戦ってくださらない!? さきほどの剣術でもかまいませんから。――当然、精霊と戦えますわよね?』
「お、……おお。……時と場合と、事の成り行きによるけど」
『剣を取って! さあ、早く!!』
「お、おっす!」
『ひゃあっ!』
『ああん!』
「変な声、出すなー!」
『こ、これは……』
『お姉様、この変質者、もしかして……』
「いろんな言葉で、俺を表現しない!」
『感じるわ――』
「感じる言うな!」
『ええ、ゾクゾクする――』
「ゾクゾク言うな!」
『これは間違いないですわ』
『お姉様。この、もの凄い力。かなりの剣術使い』
「よかったぁ。淫獣に触られて気持ちわるっ、って言われるかと思った」
『淫獣は認めるんだ』
「うるさい! ……って、この剣、見た目よりも、かっるっ! 妹の方も、かっるっ! ちゃんと食えよ、お前ら」
『このわたくしの剣が軽いとおっしゃるのは、さすがですわ。さあ、剣を構えて! 敵はすぐそこに来ていますわ!』
「見えねえけど、合点承知! さあ、来い! なんだかわかんねー奴! 無双三日月殺法、ハルト流!」
『それが、あなたの剣法ですの?』
「今、考えた」
『『ガクッ』』
「さあ、姿を見せろ!」
ガルルルルルルルルルル……
「なんじゃ、ありゃあああああっ! 真っ黒いライオンじゃんか! わわわわわ……」
『ちゃんと柄を握って!』
「こいつ、ヤバいよ。マジで。ホント、マジで。神様、仏様、大仏様、観音様、お地蔵様、毘沙門天様、弁天様、……」
『何をしていらっしゃいますの!? わたくしたちがアシストしますから、しっかり!』
『お姉様。この淫乱男、運を天に任せているわ』
「淫乱男じゃねえ!」
『なら、女体盛り大好き男』
「――っ、ええい! 言わせておけば、グサグサと! 俺は運を天に任せるほど、腰抜けじゃねえええええっ!! 見ていろ、お前ら!! あのライオンを真っ二つにしてやる!! だから、アシスト、ばっちり頼むぜっ!!!」
『『承知!!』』




