自転車娘に振り回される日常
オリジナルの短編小説。
C92で頒布したサークルの機関誌に載せたやつを加筆修正したものです。
Pixivにも同じ内容のものをアップしました。
「……はっ!?」
何の前触れもなく眼が覚める。突然の出来事だったため、意識を取り戻すのに少し時間がかかったが、オレにとってこの感覚は初めてのモノではなかった。
「……まさかな……」
万が一のことに備え予防線を張りつつ枕元にあった時計を確認する。
現在の時刻は八時十分。両親は共に働いているため、もうとっくに家を出ている。妹も二十分ほど前に家を出ている。家の中にいるのはオレ一人だけだ。
「……ヤバい……寝坊した……寝坊したぁーッ‼︎ 何で二度寝なんかしてんだよォ! オレはァ!?」
実際は三度寝だったような気もするが、今そんなことは重要でない。
「今学期中の遅刻回数は確か四回……だとすれば、もし今日遅刻したら……」
生活指導部の方針により、電車の大幅な遅延などのやむおえない事情を除き、一つの学期中に五回の遅刻をした生徒には呼び出し&反省文の刑が課せられるのである。
「それだけは勘弁だ! 絶対に回避しなければッ!」
過去に一度その刑を受けたことがあるオレからあえて言わせてもらうが……はっきり言ってあれは地獄だ。放課後逃げようとしても強制的に連行され学校生活に関する指導を受けたあと、教員に監視されながら書く大量の反省文。あんなもの二度とゴメンだぜ。
顔を洗い速攻で着替えて、手元にあった教科書とノートを全てリュックに詰め込む。
「急げ、急げよオレ……急げばまだ間に合う!」
自分自身にそう問いかけながら家の扉に鍵をかける。
「行くぞ! 俺の愛馬ァ‼︎」
そう叫びながら自転車にまたがったが、オレはこの時あることを思い出した。
「……って! パンクしてるんだったあぁー‼︎」
そう、オレの自転車は昨日起きた不慮の事故により、現在使用するのが難しい状況に立たされているのであった。
一瞬の葛藤の末オレは自転車から降り、覚悟を決めた。
「うオォー‼︎ 間に合えぇー‼︎」
オレは学校に向って走り出した。
「ハァ、ハァ……クソぉ……」
不運というものは何故か不思議と重なるものらしい。今日に限ってなかなか踏み切りが開かない。オレは踏み切りの前で、息を荒げて止まっていた。
「このクソ踏み切りが……」
こんなことを言ったところで踏み切りが早く開くわけではないが、心の底から湧き上がる焦燥感を少しでも発散するために、悪態をつかずにはいられなかった。
踏み切りが開いたのはきっちり上下線が通過した後であった。
もう諦めてしまったほうがいいのではないか、と心の奥底で思いつつも走って踏み切りを渡りきったその時──。
「お困りのようだな少年!」
「……えっ?」
その出会いは突然であった。だがそれはまさしく運命のような……。
ん?いや、待て……この声は……。
「どうした少年? 私の自転車が気になるのか?」
「って、誰が少年だよ! オレもお前も同じ高校二年生じゃねーか! というか何でお前がここにいるんだよ‼︎」
オレの前に現れたのは、幼なじみで自転車大好き自転車オタクの自転車娘、風見悠希であった。
「困っている者を助けるのは騎士の務めだからな!」
「理由になってねーよ! っていうか、お前はいつから騎士になったんだよ!?」
「……? 何を言っているのだ? 私は昔から騎士だぞ」
「お前騎士だったのか……ってそんなこと言ってる場合じゃねーんだよ‼︎」
そうだ、オレは急いでいるんだ。踏み切りで待たされた時は諦めかけていたが──。
「なあ、少しいいか?」
あァア? なにか用でもあるのかァ?
「私はいつも通り自転車で学校に登校しようとしていた。そんな時、ある一人の少年が駄目かもしれない、と思いながら必死に遅刻と戦い、走っていたのだ。そんな人間を嘲笑うかのように、文明の利器を使い悠々と追い抜いて学校に行くというのは、私の騎士道精神に反する。だから!」
「……」
「後ろに乗りたまえ‼︎」
こいつのことは昔から変なやつだと思っていたが……ついに気でも狂ったかのか?
「……あのなぁ……」
「さあどうした! 怖気付いたのか?」
「ロードレーサーにどうやって二人乗りしろってんだよぉオ!?」
「……? 普通に乗ればいいにでは?」
何真顔で言ってんだよォ! さも当然かのように言ってんじゃねーよォ‼︎
「いや、重量的に無理だろ」
「ふふ、私の愛機をなめてもらっては困る。なんと! 総重量二百キロくらいまでなら余裕で走れるぞ‼︎」
「頑丈過ぎるだろお前の自転車ァ‼︎」
「問題は解決したぞ。さあ後ろに乗るがいい!」
「いや……でも……男女で二人乗りっていうのは──」
「ん? なんだ? 恥ずかしいのか?」
「恥ずかしいわけねーだろぉ‼︎ 何言ってんだお前はァアアア!?」
「だったら何故乗らない! 遅刻してもいいのか?」
「……遅刻はゴメンだが……乗ったとして……その……どこに掴まれば……」
「肩に掴まれば良かろう」
「え……それは……」
「よし! 掴まったな。それでは行くぞ! 我が愛機ライトニングペガサス‼︎」
「ちょ! 待っ……うあああぁぁぁァァァアアア!?」
結果的にオレは学校に遅刻することなく到着した。代わりに、心にはなかなかの傷を負ったがな……。乗せてもらって文句を言うのは少しあれだが……スピンターンブレーキは勘弁してくれよ。危うく死にかけたぜ。まあ、本人もその辺は反省しているらしく、学校が終わったあと、埋め合わせということで我が家に来て自転車のパンクを修理してもらったぞ。その時の手際の良さはさすが自転車屋の娘って感じだったね。あ、別に褒めてる訳じゃねーぞ。客観的事実を述べたまでだからな。
ん? 何だ? その後、幼なじみの自転車娘とどうなったかって? そんなもん決まってんだろ。どうもなっちゃいねーよ。修理終わったら、菓子食って、お茶飲んで帰ったよ。なにを期待してたんだか知らねーが。オレは、幼なじみの……いや、腐れ縁のと言った方がいいか……まあともかく自転車娘、風見悠希に振り回されてるだけさ。それがオレの日常であり、オレに与えられた役目だろうからな。
それでいいのかって? いいんだよ。あいつはこれがいいと思っているだろうし、オレはこれがいいと思っているからいいんだよ。自転車娘に振り回される日常はこれくらいが丁度いいのさ。