旅路
武将が目を覚ましたのは、昼頃だろうか。
城の庭に出てみると、慶次が一匹の野良犬と遊んでいた。武将は、犬が大好きだった。
その野良犬と慶次にそっと近づき、犬を抱きかかえた。すると野良犬は、勢いよく嚙みついた。
「痛ええ!」
武将の声に慶次も気づく。
「どうしたのですか」
慶次は、武将に噛みついている犬を見て気づいた。
「そうか武将さん。松風に噛みつかれたのですか? 松風は人を噛むことは無いのに」
それを聞いた武将は、耳を疑った。そして、聞き返した。
「この犬の名前が、松風だって!」
松風といえばあの前田慶次が愛用していた馬である。こんな犬が松風だったとはと武将は、落ち込んでしまった。松風は、気性が荒いイメージだったが、この犬は、滅多に人を噛んだり、吠えたりしないということだ。
(俺が知る松風を返してくれ)
武将は、心の中で叫ぶのであった。
「おお起きておったのか」
そこへ利家がやって来て、武将にぶら下がっている松風を見るなり
「その犬は、滅多に吠えることもなければ噛みつきもしない。そなた相当嫌われておるのう」
二回も言われると、言い返したくなる。
「近所では、俺は、動物愛に満ち溢れた人間で有名なんだぞ」
「まあそのどうぶつなんだっけかな? そんなことはどうでもいいが、本当に越後に向かうのか?」
利家は、再度聞くが、決意は変わることがなかった。
「俺は、一応前田家の人間家臣になったはずだ。前田家家臣が、前田家の危機を助けるのは、当然のことだろ? それじゃあ行ってくる」
そう言うと、越後に向かって出発しようとした。
「待つのじゃ!」
利家は、再度止めた。
「お主越後は、どちらかわかるのか?」
武将は、どちらに行けばいいのかすらわからずに出発しようとしていたのだった。
「どっちに行けばいいんだ?」
そう言うと思って、利家はある人物を武将につける手配をしていた。
「承知しました。この者を越後の与板城まで送ればいいのですね」
少年の声がした。下を見てみると中学生ぐらいの男の子が立っていた。
「紹介しよう。まつじゃ!」
「まつつつつつ!」
それを聞いた武将は、びっくり仰天。
まつと言えば前田利家の妻で有名な人物である。確かに利家とまつの年の差婚は、有名ではあるが、こんな少年が荒々しい人間と結婚するのかと思うとぞっとした。
「もう利家さんまつではないと何度言えばわかるのですか。松之助ですよ。覚えてください」
(なるほど松之助とは、確かに呼びづらい。それでまつか。なるほど)
「そうかまつ。よろしく頼むぞ」
二人は、与板城に向かって歩き始めた。
「なあまつ」 「松之助です」
松之助はすぐに言葉を返した。
「お前いつから前田家に仕えているんだ?」
武将は、松之助の返答から元の世界に戻れるヒントのようなものが見つかると思った。
「私は、生まれた頃から前田家に仕えておる」
「生まれた頃からね。そうだとすれば、前田家に一番忠義があるのは、松之助! お前かもしれないな」
そう言われると松之助は、少し嬉しそうだった。
「私の目的は、利家様を天下一のお人にして差し上げることだけです」
それを聞いた武将は、少し本物のまつと重ね合わせていたのか、少し感動していた。
まつは、利家のことを一番に考えるような人だというイメージがあったからだ。いつか二人は結婚して天下一の夫婦になり、前田家を発展させていくことを確信した。
「そうだな。俺と松之助の二人で前田家を支えていこうぜ」
「私一人で十分ですが、困った時は助けてくださいね」
いろいろなことを話していると国境の関所当たりにたどり着いた。
「関所は出ておいた方がいい。このペースだと後三日はかかります。急いで」
松之助はすごいスピードで進んでいくが、いくら武将とはいえ追い付くことはできなかった。
そして、ある分かれ道で松之助が立ち止まっていた。
「あなた遅いですね」
武将は、体力的に限界だったこととこれ以上行くと何があるかわからないと思い、松之助に提案した。
「松之助言いにくいのだが、体力の限界だから今日はこの辺で休まないか?」
「仕方ないですね。明日はもっと進みますからね」
そう言い残すと松之助はどこかへ行ってしまった。それからしばらく待ったが松之助は戻ってくることはなかった。
「なんだ松之助の奴、いなくなって結構経つのに一向に戻って来ないじゃないか」
すると草の中から音がしたから、後ろを振り返った。
「松之す……ってあれ?」
そこには、見知らぬ女たちが数人いた。
「なんだお前らは」
頭領らしき人物が出てきた。
「俺たちの庭で火を焚くとは見上げた根性してんじゃないか」
「ここがあなた方の縄張りと気づきたのは、あなたに話を聞いてからだ」
誤解を解こうとしたが、山賊の頭領は聞こうともしなかった。
「そうかなら仕方ないな。女だからって手加減はしないぞ」
武将は、構えに入った。
「なんだあの構えは」
山賊の頭領は見たこともない構えに警戒していたが、部下が殴り掛かった瞬間、その部下は、下に倒れていた。部下は何が何だかわからなかった。
「何が起こったんだ。さっさとあいつを捕まえろ」
そして、山賊たちは疲れるまで武将を捕まえることはできなかった。
「こんなにも猪なら、俺を捕まえることは、絶対にできないぞ」
「わかった。儂等が悪かった」
頭領は頭を下げた。
「お頭それはやりすぎなんじゃ」
部下は、止めたが頭領は構わず頭を下げた。
「最後に教えてくれ。それはいったい何というものなんだ?」
「これは合気道と言って相手の力を利用するものだ」
武将のじいちゃんは合気道の達人で初歩の合気道を教えてもらっていた。
「不思議な服に不思議な技。そなた何者だ?」
「俺はただの前田家の家臣だよ」
そこへ松之助が帰ってきた。
「蜂須賀さんじゃないですか?こんな所で何をしているんですか?」
それを聞くと武将は、また驚いた。
「蜂須賀って蜂須賀小六か?」
蜂須賀小六といえばあの豊臣秀吉を支えた武将で、墨俣の一夜城では有名である。昔は、山賊だったとか。秀吉が商人になっているということは、蜂須賀小六は、秀吉と会うことはない。ずっと山賊のままということか。
「小六さん良かったら前田家の家臣になってくれ」
武将は、小六の力を信じて頭を下げた。
「ななな何を言っているのかわかっているのですか? 利家様の断りもなく、召し抱えるなんて」
松之助は、戸惑い、薪を全部落としてしまった。
「ハハハ面白い奴だな。だがこの蜂須賀小六! 顔も知らない前田利家につく気はない。そなた武将殿の家来にしてくれ」
「ああいいぜ。これからよろしく頼むぞ小六」
小六と武将は、握手をした。
「どうなっても知りませんからね」
松之助は、武将に忠告した。
「今日は遅い、儂と部下が見張りをするから、そなたらは休まれよ」
「いいのですか? 小六さんありがとうございます」
そう言うと松之助は眠りについた。武将も、同盟をどのように進めるか考えているといつの間にか寝ていた。