引き金
この話は、小六と信玄の戦いが終わった直後まで遡る。
戦いが終わり、深手を負ったのは、小六だけではなく、信玄もだった。今川領内を通り、帰路を進む信玄は、何やら呟いていた。
「次に会った時は必ず…… 次に会った時は必ず…… 次に会った時は必ず……」
風魔小太郎は、信玄を運ぶための護衛をしていた。
「何を言っているのだ。戦いは終わったぞ」
信玄はボロボロの体を動かし、言葉を絞り出した。
「次に会った時は、あの小六という奴…… 必ず殺す!」
その言葉を残して信玄は気絶した。息はあるようだった。
「信玄にここまで言わせる者がいるとはな…… 一度手合わせしたいものだな」
信玄と小太郎を運ぶ馬車は日が昇る前に居城に着き、夜に軍議が要請された。
城ではすぐに軍議が開かれ、小六が信玄と互角に戦ったことが伝えられると家中に激震が走った。
「なに恐れることはありませんよ。勝つのは私たち! 違いますか?」
そこへ今川義元がやってきて味方を一喝する。
「そうです。いくら前田が直江を倒したとはいえ、我軍が負けることは絶対にありえません」
と意見するのは、松永久秀という者だった。
松永久秀は元々信長と共に行動していたが、信長に謀反を起こし「平蜘蛛の釜」と共に爆発した武将である。
「私に策があります」
そう言うと、久秀は、地図を取り出した。
「この策を使い、前田に戦をさせる引き金にします」
久秀の元に視線が集中する。
「いいですか。戦というものには大義が必要です。この戦での大義はこれです」
すると、久秀は地図上を指差した。しかし、そこには特別変わったことはなく家臣にはわからなかった。
義元も久秀が言いたいことには、気づかなかった。
「いいですか? さっき大義が必要と申したはずです。敵が今川領で刀を抜いたことは事実です。自分の領土を守るために戦ったと言えば、大義は我らにあることになります。これで前田は織田と同じ逆賊に仕立てあげられるというわけです」
その完璧な策に義元も驚いた。
「して前田はどう出るかな。久秀どう思う?」
「この策は、直江との一戦で弱っている前田を滅ぼす戦。こちらも信玄殿が万全でないため、時間を稼ぐ必要があります。前田はこの書状を送りつけた何日かは、無視すると予想しています。たが、そこは私の策。どちらに転ぶことになっても今川が前田に負けることはありません」
そして、久秀は、前田に書状を送りつけるのだった。