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アルテ




波の音がする。潮の匂いがする。


風が吹いて、木々が揺れてーー




あの島は、確かに、ここにあった。



そして、あの人も、確かにここにいた。







ゴロゴロと大きめの岩が所々に転がり、木々に囲まれて鬱蒼としている坂を、アルテはただ前を見据えて登っていく。


小さい頃から何度も何度も通っている道だ。今更足元を見なくたって、足裏からの感覚でどこをどう歩けば効率よく進めるか分かる。



無心でひたすら足を動かしてやっと坂を登りきると、そこには海が一望できるひらけた野原が広がっていた。


周りに空間を遮るものが何もないため、さあっと海から吹いた風が直接届き、汗の吹き出ていた肌を撫でて冷やしてくれる。潮の匂いが一層強くなった。



その匂いに引き寄せられるようにして海のほうに足を進めていく。目指すは野原の向こう、海全体が見渡せる崖の手前ギリギリの所にすっと建っている石碑。


石碑はアルテの腰ほどの高さで、座って寄りかかるとひんやりした冷たさが伝わってくるからお気に入りだ。ここに来た時の定位置にしている。




「あー……すっごい疲れた!」




石碑まで歩いて腰を下ろしてから、誰に言うでもなく呟き、伸びをする。



パタパタと服で煽いでも汗がなかなかひかないので、とりあえず肩より少し長い金茶の髪をキュッと結びあげて風を通すことにした。



「しっかし相変わらず、すごい渦。アレに巻き込まれたんじゃ助かるはずもないわね。」



髪を結び終わるとアルテは石碑にもたれ直し、眼下に広がる海に幾つか見える巨大な渦潮を見てため息をついた。


渦潮は激しく渦巻いており、中心はとにかく暗くて深そうで、見ているだけでも恐怖心をあおる。



ちょうど最近も3人、あの渦に巻き込まれて命を落としたばかりだ。

バルダ夫妻とその娘。確かあの子はまだ5つだったか。




この島は四方八方を大型の渦に囲まれている上に、目視できないだけで海流を狂わせる小さな渦も数え切れないほど大量に存在しているという稀有な場所だ。


これら渦潮の力は強大で、少しでも巻き込まれると途端に船は粉々になり、人もその残骸とともに一瞬で海に沈んでゆく。


噂だと辺り一帯の海底には、今まで飲み込んだ無数の人々の骨が転がっているらしい。



過去には渦潮の抜け道を探すことを目的とした探索隊なんてものも組まれたが、あんなのは体のいい生贄だ。


彼らがその命をもってして証明して見せたのは、これら巨大な渦と小さな渦の間に一本たりとも抜け道などないという、事実。


この島から出ることは不可能だと、全員に改めて知らしめただけだった。



どうやら伝承によると先祖が島に住み着いた時は、まだ渦はなく周辺の土地とも交流があったらしいのだが、何百年か経つうちにこのような渦が発生、今のような孤島ができあがったらしい。


口伝いの伝承で書物に残っているわけでもないので、多分事実と違う所もあるとは思うが。



そんな島から出るのは自殺行為だと分かりきっていることを、バルダ夫妻はなぜ行ったのか。それも幼い娘を連れて。



理由はーー




「きっと耐えきれなくなったのよね。島が沈んでいく事に。」




島全体が、海に飲み込まれつつあるから。




昨日まで陸だったはずの場所が、今日はもう海へと変わっている。

急激な海面上昇、変化し続ける海岸線。

渦に囲まれて逃げられない島。



これ以上ないくらいに絶望的だ。近いうちにこの島はきっと無くなる。島だけじゃなくて人の命さえも。



それでも、とわずかな奇跡を信じて何人も海に出た。

そして誰一人、渦の向こうにたどり着けた者はおらず、誰一人帰ってこなかった。



そんな絶望的な状況に追い打ちをかけるように、島には……。さらに……。







そこまで考えた所で、アルテは海から目をそらして、石碑にすがるような視線を向けた。



「こんな状況なのに、なんでノアは『俺がいつか島から連れ出してやる!』とか……いっつも根拠のないばっか。それも自信満々に。バカじゃないの。」



ノアはアルテと同い年で幼馴染で、婚約者で……まぁ婚約に関しては、2人の親が口約束で勝手に決めた事だったが。



お調子者で適当な奴だけど、意外と優しいとこもあって、引っ込み思案のアルテをいつも引っ張っていってくれる、それがノア。



そんなノアが「この島が沈む」と聞いた時に、アルテの家に来るなり言った言葉がさっきの「連れ出してやる。」だった。






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