食卓にて、家族と初めての会話
・・・今までの話を完結的に纏めよう。
俺は死んだ。
交通事故にあって。
しかし次には執事がお世話をしてくれるというこの対応。
しかも聞いたことのない世界の名前、種族、大陸。
どうやら俺は、記憶を持ったまま、転生してしまったようだった。
ここで冷静に状況を飲み込めている自分に自分で敬意を払える。
俺はそのまま、ゆっくりと、目の前の巨大で豪勢な扉を開いた。
「・・・おはよう、レン」
「お、おはよう、ございます」
そう焦って返す。
普通に声を掛けてきた男性は、見るからに美形で、同じような赤い髪そして、
俺とは違う赤い瞳を持っていた。
その鋭い目は、触れる物全てを切り裂きそうな程の瞳だ。
(レン様、席はこちらです)
そう小さな小声で指示してくれるシオン。
どうやら、ここでは大きな声は出してはいけないみたいだ。
俺はそのまま席に座ると、目の前に腰掛けている女性を見た。
目が合うと、ニッコリと微笑み掛けてくれる。
俺はそれに照れて、顔を俯けた。
恐らく彼女が、俺の姉に当たるらしいイルミーゼ・アルシュテイン様だろう。
長い毛先がフワッとした赤い髪。
その瞳は先ほどの男性とは違い、暖かな目をしていた。
「あら・・・今日は随分と照れ屋なのね、レン」
そう言ってクスクスと笑うイルミーゼ。
俺はどうにもそれに慣れず、深く顔を俯けた。
「・・・ゼオンはどうした」
その言葉から、先程の男性がグレンという俺の兄なのだろうということが分か
った。
何故なら、誕生日席に腰掛けているのが、少し彼より年老いていて、なんとな
く、父親だと勘付いたからだ。
(あそこにおられるのがお父上、インゴルト・アルシュテイン様。そして、机
から離れた席で赤子を抱かれているのがお母上のセルティア・アルシュテイ
ン様です)
見るからに優しげな母親と、厳格そうな父親。
一応育ててもらっている身・・・一体俺はどう接すればいいのだろうか。
すると、突然元気よく扉が開かれ、なんともチャラっぽく見える、髪のとてつ
もなく短いツンツンした頭をした男性が入ってきた。
「ごめんごめん!兄さん、イルミーゼ、レン!遅れちった」
「食卓の場で騒ぐな。さっさと座れ」
「もう・・・兄さんったら、いつもそうなんだから」
えへへ~・・・と頭を掻きながら、横に座るゼオン。
何ともここにいる人たちの中では雰囲気自体が違う兄弟だ。
「では皆、今日も炎の勇者の恩恵に感謝し、自然の恵みを頂こう」
その父親の言葉を合図に、みんなが胸の前で祈りのポーズをとる。
すると、シオンが耳元で囁いた。
(先程話した勇者のうち、炎の勇者様に祈りを捧げるんです)
そう言われて、俺も両手を合わせて、炎の勇者とやらを想像した。
どんな人物なのかも分からないし、何を祈ったらいいのかなんて全然分からな
い。
が、これをしないと食べれそうにないので、俺は真剣に祈りを捧げた。
数十秒後。
父親が、では、頂こう。などと発した時に、みんなが食器の上に乗っている食
事を食べ始めた。
俺も、シオンに教えてもらいながら、ゆっくりと食べ始める。
それもまだ日常的らしく、イルミーゼがクスクスと微笑ましげに見ているだけ
で、グレンは興味なさげにナイフとフォークを動かして食べていた。
「大丈夫かよレン。あ、あっちのパンいるか?」
「あ、えっと、うん」
そう頷くと、はい、と手渡してくれるゼオン。
どうやら、俺が食べにくくしているのに気を遣って、手で食べるパンにしてく
れたみたいだ。
それもそれで、齧り付く訳にはいかないみたいだが。
「あ、それでさぁ、面白い所を庭で見つけたんだけど、一緒に行くか?」
「駄目ですよゼオン様。レン様にはこれからの日程が・・・」
「いいじゃんいいじゃん!少しぐらい!」
そう言葉を遮って言うゼオン。
どうやら、俺とは仲が良かったようだ。
「いい加減にしろ、ゼオン」
そうグレンに呼ばれて、全員が視線を集中させる。
そこには、不機嫌そうに眉をひそめているグレンがいた。
「お前のような”出来損ない”とは違い、レンにはこれからがある。お前の遊
びに付き合っている暇はないんだ」
そう言って、また食事を始める。
その様子を見て、ゼオンがムッと表情を歪ませた。
「・・・えっと、兄さん、俺、それ見てみたいな」
「本当か!?」
「いい、レン。無理にそいつと関わろうとするな。そいつは一族の面汚しだ」
そういうグレンに、鼻で笑うゼオン。
「別に、レンの好きにさせればいいだろ。相変わらず石頭所か岩頭だなぁ、兄
さんは」
そうにらみ合いになったのだが、決して父親は口を出さなかった。
母親は、困ったような表情を浮かべながらも、同じように口を出さない。
「グレン兄さん、ゼオン兄さん、いい加減にして。レンとスティファンが不安
になってるわ。小さい子供は雰囲気だけでも不安になるんだから」
そんな俺小さくは・・・って今は子供か。
確かに、色々追いつけずに困ってはいる所だ。
「・・・ゼオン、レンのために呼びつけた講師の先生に迷惑をかけるわけには
いかない」
「・・・分かりましたよ、父上」
そう言って、面倒くさそうに頭の後ろで手を組むゼオン。
やっとこさ不穏な雰囲気が消えたと思ったら、重たい沈黙。
何とも言えない家族関係だ。
それから、食事を食べ終わると、俺は別の部屋に案内されて、奥の中央にあっ
た事務机みたいなのに座らされた。
「今日の日程は、八時四十五分から、十一時半まで勉強。昼食を取って、自由
時間を確保した後、一時半から歌のレッスン。ある程度歌えるようになった
ら、魔法学に移るようにとの仰せです」
魔法、という単語にも驚いたけど、何故男性で歌の勉強をするのだろう。
「歌って・・・楽器とかじゃないの?」
「そちらがよろしければ変えますが・・・魔法は歌の方が効力が強いです。バ
ードと呼ばれるもののみが、魔法を使えるのは知っていますよね?」
そう言われて、首を横に振る。
すると、また驚いた様子で、今度はずっこけるシオン。
「え、えー・・・まず、魔法というのは、歌を歌ったり、楽器を使うことで使
うことが出来ます。人々は全員魔法を使うことが出来るわけではなく、それ
らは大抵素質で決まります。綺麗な音を出すことが出来れば、それは当たり
前に強い魔法となります。その魔法を使う人間のことを、バードといいます」
魔法は歌で・・・なんて夢のある話だろう。
しかし俺は音楽は好きであったが、歌が上手いという保証はない。
「昔からレン様は歌がお好きでしたし、歌の方が真価を発揮出来るでしょうと
いうお考えだったみたいです」
「・・・へぇ~・・・」
ファンタジーだから、なんでもありなんだと、独り合点する。
間違ってはないだろうけど。
「それから、他に何か聞きたいことはございますでしょうか?」
「・・・・・特に、ないよ」
彼に自分の現状について説明しても、子供の戯言としか受け取られないだろう
し、今は現状維持に努めているべきだろう。
それにしても・・・遊ぶ暇がなさそうだ。