執事 シオン
「失礼致します」
「えっと・・・」
その若い執事は、何やら布を手に持って来ていた。
どうやら、子供の服らしく、彼はそのまま何やら準備し始める。
「あの・・・」
そう戸惑いの声を上げそうになるが、俺が次に言葉にしたのは驚きの言葉だっ
た。
「シオン」
「はい?」
何故名前を知っているのか、俺は自分で自分の口を抑えた。
・・・何故?
彼は、一体誰なのか。
だがしっかりと、彼はシオンという名前に反応を見せた。
「どうなさいました?」
「あ、えっと・・・ここは、何処、ですか?」
そう問いかけると、彼は驚きの声を上げて、固まっていた。
一体何があったというのだろうか。
「えぇっと・・・坊ちゃん、如何なされました?・・・は!もしかして、今が
物心ついた時、ということでしょうか」
そう冷静なのか興奮気味なのか、というか天然なのか、よく分からない反応をされる。
両手をギュッと握られて、何故か俺は緊張していた。
初めて会う人間だからだと思う。
「そうですね、坊ちゃん。朝の紅茶を飲んだあと、顔を洗って、服を着替え、
それから朝食の場へ向かいながら今日の日程を確認した後にでもお話をさせ
て頂きます」
あぁ成る程。
ちゃんと後には教えてもらえるならそれでいい・・・
・・・わけがあるか!!
「ちょっと待ってください!俺、全然状況分かってないし、いきなりそんなこ
と言われても!」
「!・・・そうですね。では、一度ベットの方に腰をお掛けになって・・・」
そう促されるままに、ベットに座らされる。
そして彼は、お菓子を準備し、お茶を注ぎながら、口を開く。
「坊ちゃんは、この家、アルシュテイン家の二番目の息子です」
「アルシュテイン?」
明らかに本やテレビからしか聞けないような名前が唐突に飛び出してくる。
しかも何やら貴族っぽいみたいだし。
「はい。五人兄弟で、上から、兄様、兄様、姉様、坊ちゃん、弟様でございま
す」
なんと男性比率の高い兄弟だろう。
そこに母親が加わったとしても決して偏りの見えない編成だ。
「アルシュテイン家は、昔から貿易を盛んにしており、更には、国を守る仕事
もされておいでです」
「・・・この国自体はどうなってるの?」
聞く限り、ここは恐らく日本ではない。
ではどこなのか。
シオンから渡された紅茶を一口呑み、美味しい・・・と、呟く。
「ありがとうございます。はい、この国、炎の国ヴィシュランドは、現在他の
国、風の国ティシュフォルと同盟を組んでいます。この世界、私たちの住む
この星、セレスティアについてはご存じですよね?」
そう聞かれて、口に運ぼうとしたクッキーの手を止めて、俺はシオンをキョト
ンとした様子で見つめた。
彼もまた、同じようにキョトンとすると、ふむ・・・と手を顎に当てる。
「物心が付くというものは、なんとも嬉しいというか悲しいというか・・・分
かりました!このシオン・リズベルト、これから誠心誠意込めて、坊ちゃん
の教育をさせていただきます!」
何やら独り合点になってしまったようだが、彼はグッと握りこぶしを作り、何
かの決意表明を目の前でしてくれた。
しかし今知りたいのは彼の心情ではないのだ。
「えっと・・・」
「あぁ、すみません・・・こちら、お片づけしますね。取り敢えず、次は顔を
洗いに行きましょうか」
そう言って、部屋の一個の扉を開けて入る。
そこには、豪勢な大きな鏡と、洗面台がついていて、一人分にしては大きいバ
スタブがあった。
他にもトイレなどがあり、ここらへんは普通の・・・大きさと豪勢さは違うが
家具があるみたいだ。
「こちらをどうぞ」
歯磨き粉を付けられた歯ブラシと、コップを渡される。
困ったことに用意周到のようだ。
その腕には、タオルまで掛けられている。
「お話の続きでしたね。まずこの世界はセレスティアと申します。セレスティ
アは五つの大陸に分かれており、星の形のようにそれぞれ存在しています。
そして、その真ん中には、翼を持つと言われる龍族、天族が住まわれる大陸
が存在しています」
この世界には、そんなファンタジーな種族まで存在しているのかと、心底驚い
た。
そして更には、鏡に映っている自身にも驚いた。
短いが、先程も述べたように、炎の様に赤い髪。
そしてその瞳の色は、髪とは違い、まるで空のような水色の瞳を湛えていた。
俺の幼い頃とは違うちょっと可愛い系の顔立ちだ。
「龍族、天族は仲が良いらしく、その知能や力、魔力は人間には到底及ばぬ物
とされています」
流石、龍と天が付く程の種族だ。
人間とは違うらしい。
「それぞれの大陸には名前があります。まず、私たちが住むこの炎の国ヴィシ
ュランドは、地図で言えば南西に位置します。そして、炎の国の同盟国であ
る風の国ティシュフォルは、こことは真反対の南東に位置します」
それに、感嘆の声をあげる。
地図が実際にあるわけではないので、想像で合っているかは分からないが、多
分合っていると信じよう。
俺はそのまま口を濯ぎ、顔を洗った。
すると、コップと歯ブラシを受け取り、タオルを渡してくれるシオン。
俺はそれに戸惑いながらも、顔を拭いた。
・・・何か、色々と気まずい。
そんな考えも気付いていないみたいで、シオンはタオルを受け取ると、では服
を着替えましょうか、と言って、部屋に戻るように促す。
そして、そのまま服を着替えさせようとシオンが動いた。
「す、ストップストップ!!」
「?・・・どうなさいました?」
心底不思議そうに首を傾げるシオン。
見るからに男性というか女性にも見えるような美形なのだが、それにキュンと
きかけながらも、俺は急いで止める。
「そ、その、着替えぐらい自分で・・・」
「えぇっ!?ですが、昨日までは僕の手伝いが無ければ・・・」
「お、お願いですから!」
自分にとっては初対面である男性に、いくら執事だからと言っても、手伝って
もらうのは気が引ける。
すると、渋々と言った様子だが、服を渡してきてくれるシオン。
俺はそれをどう着たらいいのか一瞬迷ったが、取り敢えず、寝間着らしい服を
脱いで、ゆっくり着替え始めた。
「えぇ~・・・あと、お話の続きですが、西には、水の国、ピットセルが存在
し、東には土の国、ディフェンドルが存在します。そして、北には雷の国、
アレイガルドが存在します」
やっとこさカッターシャツを着終わり、ズボンなどを履いていながら、俺はシ
オンに顔を向けて質問する。
「その・・・真ん中の大陸は何て言うの?」
「龍族、天族の住まう大陸は、セイクリッドガーデンと呼ばれています。我々
人間には届くことのない領域ですからね」
そういうシオンには、龍族、天族に対する敬意が払われていた。
余程の存在なのだと理解する。
「炎の国は、風の国と同盟を組んでいると言っていますが、その理由は雷の国
と水の国にあります」
聞く限りだと、思い切り相性の悪そうな国だ。
しかし、一体その二つの国がどう関係してくるのだろう。
「双方の国は、それぞれ利害関係の一致というものがありまして・・・」
「利害関係の一致?」
「はい。あ、利害関係の一致というのはですね・・・」
そこの説明から入りそうだったので、俺は、そこは分かります!と急いで返事
をした。
残念そうだったが、話を続けてくれるシオン。
「水の国、雷の国は、それぞれ”天の子”を欲しがっています」
「”天の子”?」
それに、はい。と頷いて見せるシオン。
「よく御伽噺などに出てきますが、覚えていらっしゃいませんでしょうか」
そう言われて、コクリと頷く。
すると、彼はゆっくりと説明してくれた。
《昔々、セレスティアと隣り合わせに存在する、魔界という世界がありました
その世界には、魔物と、それを従わせる魔王という者がいました
魔王は、セレスティアの世界を欲しがりました
だから、魔物を率いてセレスティアの世界を襲いに来たのです
セレスティアの世界の生き物たちは、みんなで協力して戦いました
それでも、魔王や魔物には敵いません
人々が絶望に明け暮れる中、五人の勇者様が現れたのです
一人の勇者は炎の力を使い、
一人の勇者は水の力を使い、
一人の勇者は風の力を使い、
一人の勇者は土の力を使い、
一人の勇者は雷の力を使い、
魔王を倒すため、力を合わせて戦いました
魔王は、勇者様たちに倒されて、封印されてしまいました
勇者様方はそれぞれの住んでいた場所に戻り、みんなと平和に暮らしました
その勇者の末裔は今でも生きていて、
その中の一人は、同じような力を持っているとされています》
そんな長い話を聞きながら、無事に服を着終えて、俺はシオンに案内されなが
ら、食卓の場を目指していた。
どうやら、その末裔とやらが欲しくて、その国同士が争っているみたいだ。
「食事のマナーは僕が隣でフォローさせていただきます。まさかとは思います
が、ご兄弟のお名前は・・・」
そう聞かれて、首を横に振る。
それに、悲しそうな表情を浮かべながら、シオンは紹介してくれた。
「一番上である兄様は、グレン・アルシュテイン様。二番目である兄様は、ゼ
オン・アルシュテイン様。三番目である姉様は、イルミーゼ・アルシュテイ
ン様。四番目であるのはあなた様、レン・アルシュテイン様。現在は一番下
であり、去年生まれたばかりであるスティファン・アルシュテイン様です」
なんとも豪勢な名前だ。
覚えきれるかどうかが不安になる。
「ご安心を。しっかりフォローさせて頂きますので」
立派な執事である彼の言うことは、とても信用できる。
今までの対応から、一番彼が信用できる相手だと思っている。
「お話は後回しにしましょう。ちゃんと教えさせて頂きますので」
「うん、お願い」
そう言うと、僕と彼は顔を見合わせて微笑んだ。
今、唯一俺に分かること・・・
それは、彼がきっととても信用出来る、いい人だということだった。