藍玉の騎士リゼの想い その一
開かれた窓から喧噪が聞こえてくる。
窓辺で静かに竪琴を磨いていたリゼは、ふと手を止めた。
この宿泊施設は、酒場も兼用していることもあって、にぎやかな声が響き渡っていた。
(品のない……)
いつもなら気にならないささいなことがかんにさわるのは、エルファーナが隣室で眠っているからだろうか。
悲しそうな、寂しそうな、そんな顔でしょんぼりと隣室に行ったエルファーナを思い出して、ため息を吐いた。
エルファーナをあの村から連れ出してから、早三日が経っていた。
彼女は、外の世界が珍しいらしく、大きな目をいつもきょろきょろ動かしていた。そのさまは、初めて家から出た幼子のようで、大変可愛らしかったのだが、遠慮がちなところはかわらない。
『リゼ、……リゼッ』
と、ヒナ鳥のようにリゼにくっついてくるエルファーナを愛おしく思うこそ、彼女の曇った顔が気になってしょうがなかった。
けれど、いくら理由を聞いても、言えないとばかりに首を振るだけだ。
そうなったらリゼも深く追及することもできず、こうして一人で思い当たる節を探すばかりだ。
(村に戻りたい? ……そんなはずは、ありませんね)
もし仮に、エルファーナがそれを望んだとしても、リゼは叶えるつもりはなかった。
エルファーナの願いはすべて叶えてやりたかったが、それだけは無理だ。
なぜならば、もうすぐ村は、なくなるのだから。
ふと、遠くから聞こえてきた雷鳴に顔をしかめた。
先ほどまでは、雲一つなかったというのに、空は分厚い雲に覆われはじめていた。
ひんやりとした風を遮るように窓を閉めたリゼは、竪琴を置くと、燭台を手に取った。
あの子は、雷を怖がってはいないだろうか?
徐々に近づいてくる雷とともに、稲光が走った。
「これは、荒れますね」
大粒の雨が窓を叩くのも時間の問題だろう。
扉を開けて廊下に出ると、酔っぱらった男たちの怒号が響き渡った。
「オイッ、酒ぇ持ってこい!」
「カカカッ、おめぇ、ずいぶんやられたらしいな? だから言ったろ。喧嘩ふっかけるなって」
「今、ぶつかっただろうがよっ、やんのか、てめぇ!」
やはり、泊まる宿を間違えたのかもしれない。
女王候補の情報を得るには、酒場を兼ねた宿泊施設のほうがよかったが、これからは避けたほうが無難だろう。
エルファーナの教育上よくない。
「エルファーナ、入りますよ」
軽く戸を叩いたリゼは、中に入った。
蝋燭の淡い光が室内を照らし出す。
寝台と机しかない簡素な部屋は、眠ることしか考えられていない造りだった。酔っぱらった泊まり客が空けたであろう壁の穴に眉を潜めながら、寝台へと目をやる。
「エルファーナ……?」
訝しげな呟きが、落ちた。
寝台の上に、膨らみがなかった。
「……ッ」
胸がすっと冷えるのを感じながら、燭台をかかげたリゼは、ぐるりと周囲を見渡した。
どこへ行った?
まさか、拐かされた?
だれに?
一瞬にして、様々な感情がわき上がる。
それは、焦燥と怒りだった。
常に冷静を求められるリゼには、珍しい感情だった。
エルファーナのこととなると、理性で抑えることができないのだ。
きっと、カナリスだったら、女王のこと以外で心を乱すなと、きつく糾弾するはずだ。女王以外で、心を悩ます必要はないのだから。
けれど、リゼが気まぐれで拾った子供は、この三日間で、だれよりもリゼの心を捉えて、そして深くに入り込んできた。
可愛いのだ。
愛しいのだ。
女王と同じくらい心を奪われる彼女に何かあったかと思うと、いてもたってもいられないほどに……。
もし、エルファーナがさらわれたとしたら、相手を生きて帰す自信がリゼにはなかった。




