【帰還・6】
ドアを開けて中に入って来たのはアレックスの秘書、テスだった。
紺色のスーツに藍色の髪が似合い過ぎている。
「丁度いい、君を呼ぼうと思っていたんだ」
アレックスが助け船に微笑んだ。
「御用ですか?」
テスが応える。実は会話の内容は全て把握している。
(聞いてたな)
ジンは口には出さない。
アレックスの懐刀はこのテスだ。だからテスが来る前に、アレックスと話を通してしまいたかった。
アレックスが微笑んだ顔を崩さずに説明をすると、テスは当然とばかりに応えた。
「あら、それは考えるまでも有りませんわ、アレックス様。組織に入るも出るも戦士の自由、本人達に聞いてみればいいのです」
テスは、部屋を出てすぐの廊下に声を掛ける。
「どうぞお入り下さいませ」
部屋に現れたのは二人、灰髪に赤銅鎧を纏ったレオンと朱髪のエンジュだ。
姿を見てレンが尋ねる。
「どうだった?レオン」
「上手くいったよ。暫くあの二人が毎晩あの人間の様子を見るそうだ」
「そか、間に合って良かった」
レオンの答えにレンが笑うと、アレックスが突然立ち上がり、声を上げる。
「レオン!?リビングデッド・ナイトメア!?」
目を見張るアレックスに、レオンが冷静に応える。
「お初にお目にかかる。総支配人のアレックス殿。私はレオン、こちらはエンジュ。過去にはそう呼ばれた事もあったが、今はフリーの戦士だ」
(全身鎧に黄金の剣、本物か!護衛三人と同等だって?戦士百人でも敵わないだろ!)
背中に冷たく汗をかきながらアレックスは舌打ちするのをこらえた。
(やはり即答で受けるべき話だったんだ!彼が組織に入ってくれれば、この地一帯のチームなんか目じゃない、全員尻尾巻いて逃げ出すぞ!)
テスはアレックスの傍に立ち、静かな面持ちでレオンに尋ねる。
「単刀直入にお聞きしますが、レオン様とエンジュ様は我々の組織アレックスに加入して、ご助力していただける、その意志はございますか?」
ジンとアレックスが回答を先読んで視線を落とす。
「愚問だな。この身はジンとレン、そしてモーリス殿に救われた身、三人にこの恩を返すまで、三人のための剣となり盾となって働くつもりだ。聞けばここの組織ではないそうだな。加入などあり得ん」
『ですよねー』
ジンとアレックスが同時にうな垂れた。
レンがジンを見て笑う。
「余計なお世話だったな」
「僕たちの田舎で剣にも盾にもなってもらうような事起きないよ」
「二度も死にかけたお前が言っても説得力ないぞ」
レンとジンのやり取りの横で黙って見ていたモーリスがジンに言う。
「私もあなた達について行くわ。これは戦士の自由意思よ、来るなって言われても勝手について行きます」
レオンがそれを聞いて大きく頷く。
「そうだな、勝手について行くさ」
「そう言わないでよ、モーリスは健康体だから心配無くてもレオンさん達は身体の事もあるんだからさ」
ジンが眉根を寄せると、テスが場を制するように声を通した。
「ではこれは如何でしょう?ジン様はレオン様達のお身体がご心配のご様子。何か治療が必要だという事ですよね。ジン様達がお帰りになるまであと二日ほど猶予があった筈です。レオン様達は今から出発の時まで我が組織にてその治療を受けて頂きましょう。お帰りまでの二日間みっちり治療させて頂きます。ジン様達にはその間、観光でもなさって戴くということで」
アレックスが少し考える。
「そりゃあ、大切なお客様だ、ここを我が家だと思って自由に使ってくれて構わない。皆さんがそれで良ければだ」
レンが笑って手を挙げる。
「おお!観光したいしたい!」
モーリスが笑顔で続く。
「じゃあ私が案内してあげる」
「レオンは?治療受けてくれるかい?」
ジンが聞くと、レオンは優しい瞳で答えた。
「願っても無い話だ。お言葉に甘えよう」
それを聞いてジンは微笑んだ。
「それでは早速手配致します。アレックス様、会議の時間です、参りましょう」
「え?あ、ああ、そうだな。では失礼する。皆さんはごゆっくりとね!じゃあ、行こうか!」
部屋を出るアレックスとテス。
廊下をスタスタ歩きながら、アレックスがテスに言う。
「会議なんかないだろ?」
「方便です。私の提案に納得されてないようですが?」
「そりゃあ、あのレオンを仲間にするチャンスだったんだからな」
「良い噂で有名になられた方では有りません。本来はジン様達に恩を売り、組織の足掛かりを作るのが目的です。レオン様の治療がレオン様に対する恩になり、ゆくはジン様に恩を売る形になります。本来の目的を忘れないで下さいませ。家の中でライオンを飼うのは後にして頂きます」
「う、そりゃ、まあ」
「それにレオン様は組織の中ではかなり浮く存在になります。強すぎる力は組織の中に波紋を作ります。今まで勤めて来た戦士達にも影響があるでしょう。ライオンは家で飼うのではなく、外に放し、たまに帰った時にでも頭を撫でてやればいいのです。わかりましたか?」
「……納得した」
アレックスは頭を下げて苦笑した。
(うちにはもうメスライオンが居るんだったな)
口が裂けても言えないけど。と、アレックスは頭の中で付け加えた。




