【戦士とチカラ・1】
淀んだ空気が澄んでいく。
堆積した埃塵が経過した時間の中で月明かりを忘れる。入れ代わりに思い出すのは青白い大気に溶けた朝露の囁き。
幾重にも折り重なる湿り気を帯びた緑葉が呼吸し、呼応する小鳥たちの囀りが重なり合っては羽音を残す。
微かに。
遠く。
二つの小さな影が朝靄に紛れながら昇り始めた陽光から逃げるように家路を急いでいた。
背中に担いだ荷袋を大きく膨らませ、軽快に屋根瓦を駆け、飛び移った塀の上を伝い走る。
その俊敏さにネズミの姿を重ね見るが、赤と青のカラフルな帽子と服装は狩りを終えた二人の小人が帰る姿なのだと朝焼けに告げていた。
二軒分の塀の上を走り抜け、次の家のガレージに飛び込む。そこに駐車されている白い自家用車に用事はなく、その車の下に眠る白い猫に駆け寄った。
「おはよう。今日もよろしくたのむよ」
青帽子のジンが猫の背中に登りながら声をかける。
猫の毛足が長く深い。掴んでよじのぼるのに容易く、また隠れる時にも都合が良い。足音は小さく、スピードも中々のモノだ。
そしてなんと、首輪という『掴む所』がある。
赤帽子のレンも背中に登り、首輪を掴んで身体を支えると、白い猫は車の下から抜け出し、朝の公道を足音もなく走り始めた。
白猫は塀の上から屋根を伝い、時には柵をくぐり抜けて独自のルートで住宅街をすり抜けて行く。弾むネズミは姿を変え、それはしなやかな猫の身体に赤と青のリボンが揺れているだけのように、朝の町に風景として溶け込んでいった。
町の中央に通る二本の道路は交差して方面を分ける。それは人間達の動脈として重用されると同時に、小人達の『領地』を区分していた。町の北東部に位置する中で、大きく古めかしい日本家屋に白猫は肉球を忍ばせた。
農家を生業としているその家は、母屋とは別に大きな倉庫を所有している。農具は勿論だが、農耕機械や木材、ハシゴ、錆び付いた自転車まで半ば乱雑に収納されている。早朝という事もあり、まだ人気は無い。
白猫は開け放したままの倉庫の入口から苦もなく侵入すると、片隅に置かれた四つ脚のソファーに居座る。かなりの月日をそのソファーは倉庫の中で過ごしたらしく、あちこち擦り切れ、開いた穴から茶化たスポンジが覗いていた。
白猫の背中から飛び降りる小人達。
「ありがとう。助かったよ」
と、ジン。
「またな」
と、レン。
「にゃー」
と白猫。
朝露に揺れる雑草の青い花が、雫を土くれに与えながらそれを見守る。
古倉庫が小人達のアジトであり、北東部の中心だ。
ホコリの舞う納屋の奥で、何十人もの小人達が集まり始めて居た。




