【帰還・4】
窓辺に座って、モーリスは呟いた。
「あなた達に出会えて本当に良かったわ」
寝室に残って夢珠の回収を続けるモーリスとレン。ジンは子供部屋の様子を見に行っている。
窓からすぐ下に、眠るベッドは漆原めぐみとその夫の二人。
他の小人達、護衛組のジュン、チョウサク、そしてレオンとエンジュの四人はハルオを復活させるためにオリジナルの人間の家に向かった。
『私がお手伝いします。私のチカラは身体を透明化出来る。私以外にも、5、6名くらいなら一度に透明化出来ます。きっと役に立つわ』
エンジュが申し出るとそれを護るレオンはおのずと同行する事になる。
かつてそのチカラは暴走したのだが、今は【誓約】のチカラにより制御され、自由に操れていた。
戦闘中レオンに施した【コトダマ】を【無し】にしたモーリスはそれを解除して送り出した。
ジュン達は少し戸惑いもしたが、少しでも償いをしたいと願うレオン達を許し、信用したようだった。
今、夢珠の小を回収してきたレンがモーリスの隣に戻って来て座る。
「ん?良かったって?……ああ、ネコバスが二匹居て良かったよな」
「違うわよ、私が、レンとジンに会えて良かったって言ったの」
「ああ、そうか」
勘違いを悪びれる素振りもなく、レンは夢珠を腰袋にしまう。
「私ね、まだ言ってなかったけど、実は……」
「漆原めぐみが本体なんだろ」
「!? 知ってたの!?」
「そりゃあ、解るよ。普通のヒトを見る目じゃないし、あの時……」
エンジュに夢珠を奪われそうになった時、
「……モーリスは夢珠に向かって走らずに俺の所にダッシュしたろ。それにその『強すぎるチカラ』ってやつ?」
レンはモーリスの手を指差す。モーリスは不用意に何かに触れないようにしているためか、お腹の前や背後で手を組む癖がある。
「オレ、さっき一回目に失敗したろ?あの時、実は【滅殺】って書こうとしたんだ。でも一文字しか形にならなかった。モーリスは二文字とか操れるし、すげーよな。まさに『言葉の魔術師』って感じだよ」
モーリスは自分の両手を見つめ、視線を漆原めぐみに移した。
「最初は悩んだわ。このチカラが何なのか解らなくて。触れた仲間に……ただ『止まりなさい』って言って、触れただけなのに……その仲間が時間が止まったみたいに全く動かなくなった。あの日から、仲間のみんなが、私を見る目が変わった」
……
『おい!あっちにお菓子があるぜ!ちょっといただこう!』
『ダメよ、勝手に食べるなんて!掟を守りなさい!』
『うるっせーよ!バレなきゃいいだろ?』
……
「最初は怨みもしたわ。こんなチカラ要らないって嘆いてた。私を産んだヒトを憎んだ。もう死んでやるー!って思ってた。そして自分を産んだ人間について調べて……めぐみの存在に辿り着いた。彼女を知る事で、この意味の解らないチカラの正体が分かった気がした。私はめぐみのそばに居ながら、消えてしまいたい思いと、それが出来ない自分の弱さに立ち止まってしまったの」
「ママぁ~、ママぁ」
いつの間にか人間の子供が、寝室の入口に立っていた。
母親は目を覚ます。
「ん?……起きちゃったの?」
「一緒に寝るぅぅ」
「はいはい、こっちおいで」
ベッドに潜り込む子供。
「はいはい……寝ましょうね~……」
やたらと膨らんだベッドを見つめるモーリス。
すぐに二人はカーテンの陰に隠れたのだが、また出て来て座ると、ジンがムチに変えた武器で飛び上がって来るのが見えた。ジンも窓辺に着地する。
「ジン、来る前に何か知らせろよな」
「怖い夢を見たみたいなんだ。すぐ破壊して終わらせたんだけど、起きちゃってさ」
「まぁ、三人とも一緒に居てくれた方が、ラクでいいわよ」
モーリスが言うと、そのまま言葉を続けた。
「ママかぁ……私の方がお姉さんなんだけどなぁ」
窓辺に三人が並んで座る。
ベッドには川の字。
「私もママぁ~って抱きついてみたい、それも叶わない、ママなのにね。姿を見られてもいけない。話す事も出来ない。産んでおいて知らんぷり。可愛がるのは弟の方ばかり、私の事なんて知りもしない」
左でモーリスが拗ねながら後ろにパタンと倒れる。
「わかるよ。妬けちゃうよね」
その隣、真ん中に座るジン。
「そんな事考えてたのか。俺の本体は中国人だからな、武術の大会か何かでたまたま日本に来て、俺はその時に日本で産まれた。だから会いたいとも思わん。海越えなんて面倒だ」
右のレンが伸びて寝転ぶ。
ジンも真似して寝転ぶと、窓辺にも川の字が出来上がる。
モーリスが言った。
「でも、救われたわ。あなた達に会って、私は救われた。だってめぐみに触れても、また産んで貰える、その事を知ったから。もうめぐみが怖くない。ありがとう、レン、ジン」
月夜に光る、星の瞬きは、二つの川の字を照らす。夜が明けるまで、まだしばらくの時が要る。
三人が夢珠の回収を終えて、ネコバスに乗り込む頃、モーリスはこの地を離れる決意をする。
それは今まで足踏みを続けていた自分との決別であり、レンとジンとの新しい仲間としての生活を始める決意だった。
……
……
……酔った。




