【帰還・3】
邪夢の掃討を終えて、集まる護衛組とジン達。ようやくひと息付くと、少し離れていたレオンとエンジュがゆっくりとその輪に近づく。
ジュンとチョウサクが武器を持って身構える。
すぐにレオンは立ち止まり、両手を挙げて無抵抗を示した。ジンが間に割り込む形で立つ。
「ちょっと待って、もうこの二人は敵じゃないよ。同じ夢防人の仲間だ」
「何を言うんです!コイツがハルオを!」
ジュンが激昂する。
「……それは……本当にすまない」
レオンの表情が曇る。
エンジュが灰髪の腕に寄り添う。
小人同士で争う、戦いになるなど本来あってはならない。掟で定められた事より、モラルや存在の根底に関わる、暗黙のルールだ。
「この二人は今は組織に属さないフリーの戦士だ。だがかつては組織に居た普通の夢防人だった。でもある夢珠を使った時、その副作用を強く受けた……」
ジンが話し始める。エンジュから受けた記憶と意識の波を、思い出しながら。
レオンが持つ【マリオネット】は離れた鎧、人形などを操る能力だ。ただ操れるだけでなく、視界や感覚までも共有出来る。もし、話が可能な人形だったなら、会話も出来る程だ。
だが、そこにあるのは無機質な物体ではない。物に宿る精霊や意識、夢珠から作られた鎧にはニンゲンの意識が眠っている。
レオンは『闘いのために作られた鎧』を操り続ける内に、その本来の自分の意識よりも、鎧に込められた闘いの意識に支配されていったのだ。それはまったく別の人格とも言っていい。その意思は強く、抗えるモノでは無かった。
ジンとレオン達が交互に説明をしていく。その話を聞きながら護衛組の二人は肩を落として泣いた。
憎いと牙を剥いた相手は、助けるべき同胞だったのだと。振り上げた拳を下ろしたジュンは、話を聞きながら、自分の懐に手を入れる。
布で巻かれた小さな包みを取り出して、ゆっくりと開いていく。
「実は、まだ持っているんだ」
取り出して見せたのは、なんとハルオの腕だった。
驚くモーリスとレン。
チョウサクは知っていたようでそれを見てまた泣いた。
ジンは驚くよりも先に、食い入るようにハルオの腕を手に取り見始めた。
「どうして消えてないの?」
モーリスが不審げに声を震わせる。
ジュンが涙を拭いながら言う。
「わからない。さっき武器を取りに行ったら、まだ消えずに残っていたんだ」
青い帽子はまじまじと腕を見続ける。
後ろでレオンがまた頭を下げた。
「本当にすまなかった」
ジンがそれを聞いてあっけらかんとした声で言った。
「レオンさん、やってしまった事は仕方ないよ。謝るよりも先にまだやれる事が出来た、そっちやろう」
ジン以外の一同が口を開いてポカンとする。真っ先に声を上げたのはレンだ。
「あ!そっか!!手が残ってる!まだ手がある!」
ジンが頷く。が、レンとジン以外には理解が出来ない。
ジンはハルオの腕を持ったまま、護衛組のリーダー、ジュンに尋ねる。
「ジュンさん、聞きたいんだけど、ハルオさんを産んだオリジナルの人間ってまだ生きてるよね?」
「あ、ああ。人気のお笑い芸人で、もちろんまだ生きてる」
「この近くに住んでるかな?居場所解りそう?」
「ああ、一度ハルオと見に行ったから、知って……る。それが何なんだ?」
ジンは良しと笑ってモーリスに向き直る。
「モーリス、この腕を消えないように、時間が止まるようなコトダマないかな?そんな事出来る?」
モーリスは少し考え、
「多分、出来るわ。私が『止まれ』とか、『消えないで』って触れてお願いすればいいと思う」
「じゃ、さっそく頼むよ」
ジンはモーリスに腕の包みを差し出す。モーリスはハルオの腕を上から撫でるように触れると、お願いをする。繰り返し、二度、三度。
ハルオの腕が微かに光を帯びて、固まり、動かなくなる。
「よし、今すぐにこの腕を持って、そのオリジナルの人間の家に行くんだ。1分でも1秒でも早い方がいい」
「どういう事だ?俺にも解るように説明してくれ」
チョウサクが言うと、ジンが微笑みながら口を開く。
「邪夢たちは夢珠を食べたあと、どうする?全部食べずに残して人間の体に返すだろう。そうするとまた人間の中で成長してまた同じ夢珠が産まれるんだ」
ジュンが言う。
「でも毒されて闇の夢珠になるじゃないか」
ジンは頭をポリポリ、
「それはそうなんだけど、……じゃあ僕たちがオリジナルの人間に触れたらどうなる?」
これに答えたのはモーリスだ。
ベッドの上で眠るニンゲンを見つめ、悲しみを込めて言う。
「消えて、死んじゃう」
ジンは首を横に振った。
「違う。死ぬんじゃない。殆どの小人達が勘違いをしている。それは間違った認識さ」
「まさか……」
ハッとするモーリスの言葉を遮り、ジンは言う。
「僕たちのカラダは人間に還る。そしてまた夢珠になって産まれるんだ」
それは誰も知らない、小人たちの理。
かつて人間と触れ合ったジンと、それを見届けたレンだけが知る、もう一つの物語。




