【帰還・1】
公園の木々が鬱蒼と茂っている。自治体の管理が足りていない訳ではなく、その公園が自然の木々を大切にするという趣旨の元、作られた公園だからだ。木造の遊具を始め、トイレや水道、ベンチなども、ログハウス風やアスレチックをベースにしている。だが、家庭内電子遊具が主流になってしまった現代っ子は、昼間にも関わらず公園に姿は見せない。
その公園の一角に建つ、掃除道具や消防道具、お祭りの備品などが仕舞われた倉庫にいつしかピンク色の帽子を被った小人が住み始めたとしても、何の不都合も無い。むしろそれが必然とも言える。
その密かな住人であるオードリーは長い髪を揺らしながら倉庫の天井裏に差し込む光を背中に受けていた。
夢珠を使って整えた寝床はちょっとした別荘地を思わせる程に豪華で、ある意味切り取った豪邸だ。部屋にはもちろんドアがあり、窓がある。そしてくつろげるリビングにソファ、眠るためのベッド。
ところが、それは他の小人が来客として訪れた時のための部屋であって、今オードリーが居る別室は、扉の位置も隠した秘密の小部屋だ。
オードリーは小さな窓から差し込む光を背中に受けながら、その部屋の中央に置いた一人用のソファでくつろいでいた。
目の前にならぶ声優のコレクションは、漆原めぐみを中心に置きながら、男性のアイドル声優や今話題の女性人気声優も網羅している。その並びもこだわりを見せ、音楽から舞台までジャンル分けも抜かりない。その中で、漆原のポスターの前に、ポツリと空間を作ってある。いずれここに置くはずの、届く予定のコレクションのためのスペースだ。
オードリーはその時を想像して、歓喜の声を上げる。
「もうすぐよ!ジン様がここに漆原様のお土産を持って来てくれるわ……それは夢珠、きっと夢珠。ああ、早く帰って来てくれないかしら……ああ、待ち遠しいですわ~!」
オードリーが顔を赤らめて興奮していると、来客用の別室からドアを叩く音が聞こえて来る。
「オードリー、居るのー?おーい」
マサルの声だ。
オードリーは至福の時間を邪魔された事に少しムッとしながら、来客向けの顔を整える。
秘密の部屋を出て、隠し扉がキチンと閉まったかを確認し、鏡で自分の姿を見て、容姿を確認する。
問題なく確認を終えると、叩かれるドアを開いた。
「なぁに、マサル。新しいリスナー見つかったの?」
オードリーはニコリと笑い、ムラサキ帽子のマサルと顔を合わせる。
中に入れて貰おうとしたマサルが、その入口でモジモジしながらオードリーの笑顔に困惑する。住人には部屋に入れてくれる気配はない。
だがそんな事は可愛い笑顔を見ればそれだけで誤魔化される程の事だ。
何よりマサルは、あのケガ以来、以前より増してオードリーに従順だ。
「それがね、オードリー。やっぱり漆原のラジオをかかさずに聞いてそうな人間がこの近くには居なくて、電車で一駅移動すれば、居たんだけどね」
「電車ぁ?バカな事言わないでよ。ケガしたばかりの私に電車移動させるわけ?」
「だよね!そうだよね!そんなバカな事は無いよね!?あはは、何言ってるんだろうね!」
マサルが動揺して訂正するが、オードリーの身体はもちろん完治している。
「という事は、やっぱりあの家に行くしか……ないんだけど」
マサルが口ごもる。
「遠征して来たロキとか言う防人の仲間達が、【中島家】の周辺を一掃して、もう安全が確保されたはずでしょ。元々は私達の班が担当だった家なんだから、元通りにその担当が戻るだけじゃない。何でそれが通らないのよ」
オードリーがにらむ。
「それはそうなんだけど、【中島家】に住んでる人間がかなり毒されてるらしくて、また邪夢を産み出す可能性が高いんだ。いくら僕たちが担当だったとしても、またすぐに戻るには色々と条件が……」
「何?どんな条件!?」
「う、しまった」
条件についてはまだ言って無かった事をマサルは忘れていた。口を滑らせた事を後悔するよりも、オードリーの機嫌が悪くなる方がより後悔してしまう。
マサルが言う。
「あの時よりも、僕たちの戦力が高くなる事が、シュワルツの言う最低条件……」
それを聞いてオードリーは鼻で笑い飛ばす。
「はんっ、そんな事チョー簡単じゃない!あんたが強くなりなさいよ!」
「そ、そんな無茶な……」
「じゃあ、今すぐ班の全員新しい武器と防具を新調なさい!見た目だけでも変わっておかないとねぇ!」
「え、ええ~……すぐバレちゃうよ」
「じゃあ新しいラジオリスナーの人間を見つけて来るしかないじゃない。私が頼んだでしょ?居たの?」
「それが、さっき言った通り……」
「元の家に戻るしかないんでしょ?じゃあ今すぐに全員呼び出して!武器屋に集合!かけあーし!!」
「わわわわ、わかったよー!!」
一目散に走り出すマサル。
ふぅっと、一つため息を漏らしながらオードリーが呟く。
「……あんなに焦らなくても、ジン様が戻って来たら万事解決よ」
微笑むオードリーは、ドアを閉じて、自分も出かける準備を始めるのだった。




