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【凶戦士・10】

 

「何考えてんだよ!」

 レンの叫び。

 目の前で黄色いスカートを舞わせて急停止したモーリスに湧いた不満をぶつける。

 当人は困ったように眉根を寄せている。

「一か八か賭けてみたくなったのよ」

 モーリスは、立ち上がったレンの背後に回る。痛い視線を躱すためでもあり、これから行う動作の為でもあった。

「何を賭けんだよ?」

 尋ねるレン。

 モーリスは少し早口に言った。

「今日まで私は他の仲間達にこの力を使う事を禁じてきたの。私の強すぎる力で誰かを傷つけるような事はしたくなかったし、それを利用されるのもまっぴらゴメン、だから絶対に使わなかった」

「モーリス?」

「レン、私はあなたを信じてる。ジンも心から信じる。だから私は……初めての仲間に、私はこの力を解放するわ」

「モーリス……」

「いくわよ、【疾風】!!」

 チカラを込めた両手で、モーリスはレンの背中を叩いた。

 レンの身体が一瞬、緑色に輝きを放つ。

「身体が、軽くなった!」

 レンが驚きの声を上げた。

「慣れるまで気を付けて」

「モーリスと同じように動けるって事か!よーし!」

 大剣の重さをゼロにして、夢珠に向けてレンは床を蹴った。

 一足の跳躍は空気中の流れを産む。それは風と呼ばれる大自然の力だ。その軽やかに強大な大気の流れはレンの意思とは幾らか誤差を産み、目指したベッドの方角のみを正確に突き進む。

 その先に灰髪の戦士が立ち塞がらなければ、反対側の壁に激突していたと推測される。が、しかし横から割り込んで来た灰髪のレオンは、身体ごとぶつかりながらもレンの進行を阻止した。

「ぐわっ」

 勢いは殺せずに方向転換を余儀なくされたレンが弾かれ、お互いに吹き飛ぶ。

 レンが呻くその隣りで、灰髪が強く言った。

「エンジュは、俺が守る!手出しは、させない!」

 その真っ直ぐな言葉に、レンは違和感を感じる。今までレンが受けてきた殺気とは違う、別の気質だ。

「何だ?コイツ?」

 レンが転がった床を蹴りつけて起き上がる。身体は軽いままだが、衝突のダメージが左肩の芯に重い熱を帯びていた。

「ああ、レン!大丈夫!?」

 モーリスが声を投げる。

「大丈夫ぅ!」

 レンが戯けた声を返す。

「でもちょっとぶっつけ本番でやるにはキツイなぁ、練習いるわコレ」

 苦笑いしながらもレンは大剣を構えた。灰髪との距離が近い。

「わわわわ、どうなってるんだ!?」

 部屋にチョウサクの慌て声が響く。

 見ると夢珠に、さっき子供部屋で見た朱髪の女が近付いている。

「あ!あれ、あの女!ジン様レン様!階段で邪夢が二体来てます!」

 言葉も上手くまとまらず、戸惑うチョウサクに向かって、赤銅鎧が凶剣を片手ににじり寄る。


 シュッ ガキィン!


 その足を止めたのは青い閃光の弓矢だ。


「チョウサクさん、ここは任せて!邪夢を頼みます!」


 本棚から叫んだジンは、頭を押さえながら立ち上がり、苦痛に顔を歪めていた。

「すみません!お任せします!ジュン今行くぞー!!」

 一度子供部屋で鎧戦士と剣を交えているチョウサクは即座に踵を返した。

 まったく太刀打ち出来なかったチョウサクの目には、半壊した鎧戦士の頭部が信じられない光景でしかなく、場違いの感を否めない。あの侵入者達は確実に護衛組より強く、さらにレン達はその侵入者と戦ってダメージを与えられる程に強いのだ。

 階段に伸び上がる触手を相手に剣を振るうジュンの姿を遠く見ながら、せめてあの邪夢には負けないと誓うチョウサク。長槍を構えて廊下を駆けていた。




 本棚の上でジンは弓を構え、赤銅鎧に三度弦を鳴らした。

 青く光る矢は真っ直ぐに肩胸足を狙ったが、凶剣によって振り払われ、落とされる。

 ジンは痛む頭で、その実は思考していた。


『アレはただの鎧だ、本体をやらないと止まらない操り人形だ。でもどうやって止める?彼はあのコを助けたいだけだ……』


 流れ込んできた意識の波を咀嚼しながらジンは受け入れて行った。

 それが偽りでもまやかしでもなく、真実だと思うのは、記憶の欠片の中に確かな証拠など無くとも、信じられると、そう信じさせる言葉の強さがあった。ただそれだけだ。

 たとえ敵として現れたとしても、そこにある真実は、善も悪も差別なく受け入れなければならない。


 ジンの居る本棚の下、すぐ近くにモーリスが居る。

 レンに力を与えた少女の姿を見て、ジンは一つの仮定を思案する。


「自由……自由か……」


 ジンはモーリスを呼ぶ。

 本棚の上で待つ事、数秒。

 モーリスは疾風のごとく跳躍してジンの隣に立った。

「何?どうしたの?」

「モーリス、『自由』の反対って何だろう?」

「はぁ?」

 モーリスは真剣に聞いて来るジンに向けて眉根を寄せた。



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