【凶戦士・9】
倒れ伏したジンの姿を視認してから一呼吸の時間も置かずに、凶戦士レオンは黄金の剣を振るった。一瞬とはいえ、ジンの姿に動揺して目を奪われたレンは一撃を受け流す事が出来ずに、大きく後方に吹き飛んだ。
身体の正面で直撃は免れたものの、重量が軽い小人の体躯は、大剣の重さが無ければ何処までも飛距離を伸ばす野球のボールのようなものだ。
部屋の壁にしたたかに背中を打ち付けてレンは呻いた。
「レン!!」
モーリスの声。
リングブレードを構えながら凶戦士に向き合う。その背後ではベッドの人間・漆原めぐみ氏が放つ鮮やかな夢の光がゆっくりと形を成しつつあった。一般人とは少し毛並みの違う夢の光は強く、見る間に大きく夢珠は成長していく。
灰色の髪に汗を滲ませながら凶戦士は笑う。勝利を確信した笑みなのか、闘いに興じた故の歓喜なのか。
モーリスはその笑みに背中を冷たくして後ずさる。背後への攻撃を成功させたとはいえ、不意打ちでしかなく、レンを片腕で吹き飛ばした凶戦士と正面でやり合えるほどの自信過剰は持ち合わせていない。
灰髪のレオンは金色の長剣を再び床に突き立てる。身に纏う鎧が節々に赤く光りを放ち、その身から分離する。
全身鎧は戦士の前で合わさるとまたヒト形を成し、離れて転がっていた損壊した頭部が、逆再生を見るかのように床を転がり、跳ね、カシャリと首元に収まった。
頭部の半分はヒビ割れ崩れ落ち、開いた穴から、がらんどうを覗かせている。それでも尚、赤銅鎧は息を吹き返した一つの強敵として黒光りする稲妻の如き凶剣を用いてモーリスに襲いかかった。
子供部屋で自分達の武器を取り戻したチョウサクとジュンは、子供部屋を飛び出して驚愕した。
子供部屋のすぐ前には廊下を挟んで階下に続く階段がある。
途中で屈折してコの字に螺旋を描きながら伸びるきざはし。それを黒い暗雲を伴いながら、触手を使い、一段ずつ登って来るのは奇声を放つ丸い塊たち。大小まるで親子のように一列に並んだ二体もの邪夢の姿だ。
「今夜はパニックだな」
ジュンは苦い気持ちを冷静に抑え込んで呟いた。
チョウサクが青ざめた表情でリーダーを見る。
「どうする!?登って来るぞ!」
ジュンは冷静な口調で剣を抜いた。
「ここで食い止める。チョウサクはこの事をみんなに知らせてくれ。戦闘中にここから叫んでも聞こえないだろう。さっきの女の事も忘れるな」
「一人なんて無茶だ!ハルオが居るわけじゃないんだぞ!?」
「わかってる。登ろうとしてくる触手を狙って払えば多少時間稼ぎにはなるだろう。無理はしないさ」
「本当だな?ハルオの次にジュンまで居なくなるなんて、俺は耐えられないからな!」
「俺だって同じさ。だから無理はしない。出来るだけ持ちこたえてみせるが、その後は子供部屋に入らせないように寝室の方に誘導する」
「わかった!」
チョウサクは廊下を駆け出した。振り返る事なく寝室へ向かう。フローリングの廊下に小さな足音が鎧具の軋みと共に刻まれていく。
部屋に辿り着く間も惜しんでチョウサクは叫んでいた。
「邪夢出現!邪夢が二体出現!階段で応戦中!!」
モーリスは赤銅鎧の振り下ろした凶剣を素早く躱して後方に飛び退る。自らの力で高めた敏捷性は赤銅鎧の動きに遅れを取る事は無い。
寝室の入口の方から誰かの声が聞こえる。焦っているのか、声が揺れて聞き取り辛いが、どうやら護衛組の声だ。
モーリスは一時的に距離を取り、戦況を見る。
レンが壁際で大剣を携えながら立ち上がる。
それを明らかな殺意を向けて睨むのは灰色髪の侵入者。黄金の長剣を構えているが、レンに向かって攻撃をするまでには至らない。先程のダメージがまだあるからなのだろう。
変わってモーリスの前に赤銅鎧。こちらは元気なようで今まさにモーリスに向かって距離を詰めようと走り出す。
遠くの本棚の上で、ジン。ゆっくりと頭を持ち上げる姿が見える。
「ジン!大丈夫なの!?」
モーリスは叫んだ。
意識を取り戻したジンは、モーリスの声に応えなかったが、右手を上げて、振って見せた。
だが、その本棚に居たはずのもう一人の侵入者、半身の朱毛女の姿が無い。眼を見張るモーリスに、ジンがその右手で指差して示す。
眠りに落ちている人間のベッドに向かって、空中を飛行する半身の朱毛女だ。
ジンはその後ろ姿を指差しながら、呻くように言った。
「モーリス、夢珠を……」
ジンの声が届いたのか、赤帽子のレンが叫んだ。
「こいつら夢珠を狙ってるんだ!モーリス!走れ!あの女に盗られちまう!」
夢珠の形成は、今まさに集束した光の中心にてタマゴのように固まりつつある。その大きさは真珠のようではあるが、小人たちの世界では中玉と称されるに申し分ない。
完全に形成されると、浮力を失い落ちて来るのだが、朱色髪の女が空中を飛ぶ事が出来るならば、俄然有利なのはこちらではない。
モーリスは瞬間、戸惑う。
事前の打ち合わせならばレンがタマゴを取りに行くはずだ。
だが今一番足が速く、最も近い距離に居るのは自分なのだ。
誰しもが自分の役目だと言うだろう。灰髪のレオンも、そう見て動いた。
「そうはさせん!行けエンジュ!そのまま夢珠を戴くんだ!」
灰髪の声と共に、赤銅鎧が走る軌道を変えた。
モーリスに向かって走り出した脚は、真横に方向を向けて、人間のベッドに向かう。
モーリスが夢珠に向かうであろう先に立ち塞がるためだ。
モーリスは目の前の赤銅鎧が左に方向を変えるのを見て、足で床を蹴った。
人間のベッドにではなく、
「超・特・急!!」
レンの居る壁際に向かって。
「馬鹿な!?」
灰髪のレオンは目を疑う。
一瞬で消えたモーリスの姿と、その行動に理解を超えた戸惑いが口を突いて出る。レンに向かってモーリスの進路を開けてしまったとはいえ、その選択は『無い』はずだ。




