【凶戦士・8】
遠くでレンの声が聞こえる。
モーリスも、名前を呼んでくれている。
だが真っ白な意識の世界に落ちていく。ジンは抜け出せない落下シューターか廃棄される瓦礫のような虚脱感にその身を委ねた。
永久に眠りに誘う恐怖よりも、逃れられない睡魔に負けてしまう羞恥に両瞼を閉じていく。
これは君の声か?
ジンは問うた。
波に呑まれながらも、幾重にも重なる声の濁流に僅かな意識を向ける。
女の声が白い世界で反響した。
『レオンを殺さないで』
君は何者なんだ?
『レオンはとても優しいの』
どういう事だい?
『わたしが悪いの』
女の声が聞こえる先に、白い世界は終わりを告げ、色付きながら、別の世界への扉を開けた。
☆ ☆ ☆
「エンジュ?また鳥とお話しかい?」
「あ、レオンが驚かせるから逃げちゃったじゃない」
「ごめんごめん」
「またエサをせがまれちゃったわ。明日またエサを欲しがってやって来るわよ」
「エンジュは何か欲しい物はないのか?」
「私?そうだなぁ〜、あの鳥さんみたいに、空を飛べたらいいな」
「そんなの簡単さ、夢珠で飛行の力を付ければいいんだよ」
「まぁ、レオンったら夢が無いのね」
「そうかな?普通だろ」
「第一、夢珠だって、そんな簡単に手に入るモノじゃないでしょう。大玉か中玉だし、私達みたいな田舎組織の下っ端じゃあ、何年も予約待ちよ」
「……かも、しれないな」
……
……
……
「エンジュ、これ見てよ」
「わぁ!どうしたの!?中玉なんて持って」
「知り合いのフリーでやってる戦士に貰ったんだ。なんと【飛行珠】だ」
「ええ!?最近一人で何処かに行ってると思ってたけど、まさか悪い事して……」
「ハハハっ、違うよ。ちゃんと仕事を手伝って貰った報酬さ。大変だったんだぜ、都会の邪夢はこっちより何倍も強いんだ」
「まぁ、やっぱり危ない事してたんじゃない」
「そう怒るなよ。コレ、あげるからさ」
「え?私に?」
「前に言ってたろ、空を飛びたいって」
「そんな!大変な思いまでしたんだからレオンが使ってよ」
「俺は別の夢珠をもう貰ったからいいんだ。これはエンジュのために、まぁ、都会に行った記念のお土産だよ」
「そう……ありがと」
「……嬉しくない?」
「めちゃくちゃ嬉しい!」
「うわ!抱きつくなよ!」
「レオンはどんな夢珠貰ったの?見せてよ」
「ああ、あとで見せてやるよ。【マリオネット】って呼ばれてる力だ。鎧なんかを自由自在に動かせるんだぜ」
……
……
……
「ここに居たのか、エンジュ。探したよ」
「あら、怖くない方のレオンね。うふふふ」
「どういう意味だ?……エンジュは最近、飛んでばかりいるね。その内歩けなくなるぞ」
「ふふふ、飛ぶってすごく気分がいいのよ。自由を手に入れた、最高の気分」
「それは何より。エンジュはよく笑うようになったし、活発に動き回るようになった。でも、働かないサボリ魔にもなった」
「レオンはたまにすっごく怖くなるわ。まるで優しいレオンと怖いレオンの二人居るみたい」
「組織の仕事、行かないと怒られるぞ」
「レオン、組織やめちゃおうよ。仕事なんて辞めて自由になろうよ」
「エンジュ?」
「そうだ!都会に行ってフリーになろうよ!私と二人で色んな町や国や人や、世界中を見て回ろうよ!」
「……」
「ね!そうしましょう!決めたわ、私もレオンも自由になるのよ!」
「……エンジュが望むなら、そうしよう」
……
……
……
「エンジュ、エンジュ!大丈夫か!?」
「……レオン、わたし、溶けていくみたい」
「どうなってるんだ!?身体が消えかかってるぞ!」
「あの夢珠は、きっと自由になりたいって想いから出来てるのね、だから私、自由になりたかった。何もかもから逃げ出したかった」
「ちくしょう!何でこんな事に!」
「同じ場所に居られないわ。身体も、心も、きっと自由を求めているのよ」
「あの夢珠が悪いのか!?俺のせいだ!*イヤ、アノ戦士ガワルインダ」
「レオン、私は貴方のそばに居るわ」
「組織に戻って助けて貰おう*アノ戦士ヲミツケテブッコロソウ*夢珠が要る。きっと夢珠で治せるさ!*スベテノ夢珠ヲオレノモノ二シナケレバ」
「レオン、気をつけて、あなたが戦う度に、もう一人のアナタが目を覚ますの。きっと、自分を保てなくなる……」
……
……
……
「エンジュ、どうした?声が聞こえないぞ」
「言葉ヲ失ッタノカ?」
「そうか、大丈夫だ。言葉の夢珠を使えばいい」
「オマエノタメニ最高ノ夢珠ヲ手二入レテヤル」
☆ ☆ ☆




