【凶戦士・7】
部屋の暗がりに、淡く、そして白く輝く武器は、人間に発見される可能性を含む。かつて人間達が昼間に活動し、夜に眠るという生活を基本としていた頃、夢珠が発生する度に知らせてくれる機能として、共鳴する武器や装備品は小人達に常用されていた。
だが近代化する人間社会の流れは、昼夜問わずに働き、眠る生活へといつしか変わり、武器の共鳴は発見される危険を考慮されて都会では敬遠される対象にあった。
武器は人間の技術を真似すれば、鉄鋼も被服も問題なく、それらに能力を付与したければ、夢珠をコーティングするように使えば良いのだ。
夢珠に反応する武器は、純粋に夢珠のみを使い、例えば剣ならば、剣の先から柄元、握りに至るまでを生成する。
それは大玉サイズの夢珠を複数使う事と同義である。過去の技術としては当然であった事も、現在では嗜好品や高級品として捉えられている。
やはりここでも、田舎者ならではの武器を持っていると公言したようなもので、レンとジン以外の小人達は共鳴する武器を見て僅かな驚きを覚えていた。
「便利な機能だなぁ、さすがイナカモン」
鎧の頭部を失って灰髪を露わにした凶戦士がレンを冷やかに睨んだ。口元が僅かに上がる。
レンはそれを細やかな抵抗と見て取ったのだが、灰髪のそれは別の事態を察しての優越感から来るものだった。
『邪魔をしないで』
突如響いた声。それは強い意思を伴いながら部屋の誰しもに届いた。
頭の中に直接ぶつけられるような、方向性の察知出来ない声の存在。
一人離れて大弓を構えるジン。
本棚の上からは他に小人の存在も、人間も、声の主としての存在を目視で特定出来ない。
この部屋にまだ誰か居る、その考えに直結しながら、ジンは自分のすぐ目の前の空間が歪むのを目撃した。
蜃気楼が突然発生したように、視界が揺れる。
「何だ!?」
ジンの叫びを待たず、歪む空間から白く、細い腕が生える。
右手が空間から音も無く伸び、ジンの大弓を掴んだ。
『アナタ、キライ』
今度はジンだけに、声が直接響いた。
「うわっ」
驚いてジンが大弓を手元に引き寄せる。
その動作が必然的に掴んだままの腕をも引っ張り、歪みの中から、腕から肩、頭部を引きずり出した。
掴んだ腕の力はさほど強くはない。容易に引きずり出される程に弱い、いや脆弱とも感じられた。
怪奇映画かホラー映画でも見ているように空間から顔を出したのは、朱い髪の小人、肩までの緩やかにウェーブがかかった秋の夕暮れを深く朱色に染めた髪に女の子らしい大きな瞳と小さな口元、肌の色が白く、深い碧色の目がジンを見つめて離さない。
ジンは大弓に構えていた光の矢が消えるのを悟る。攻撃の集中を妨げられ、矢が維持出来なくなったからだ。それでも朱髪の女の子は大弓から細腕を離さない。ジンが左右に振っても上下に振っても、異常なまでの執着で上半身を宙に揺らした。
「この子……浮いてるのか!?」
足場の無い位置でも、ジンの頭上でも付いてくる上半身。幽霊だと言われたなら納得してしまう光景に、弓を通じて微かに重さを感じる。
レンの叫びが聞こえる。
「何やってんだ!サッサとぶん殴れ!」
苛立ちが見える声に、ジンは戸惑いを返す。
「でも!……女の子だよ」
「甘い事ほざくなバッカヤロー!敵だ!」
レンがさらに激昂しても、ジンはその朱髪と碧眼を有する上半身だけの存在を攻撃するのを躊躇った。
見つめる瞳が脆弱で、掴む両手が脆弱で、伝わる重さが脆弱だった。
これはきっと、攻撃対象ではない。守る対象だ。守られる側の存在だ。ジンは戦士として本能に感じるのだった。
『レオンをイジメないで』
ジンだけが聞いたその声は、確かに朱髪の女から発せられているようだ。
「レオン?あいつの事か?」
ジンが呟く。灰髪の凶戦士を無意識にあいつと発声していた。
女の声はモーリスにもレンにも聞こえていない、二人には離れた場所でジンが敵の女に手間取る姿しか見てとれない、レンは苛立ち、モーリスは灰髪の凶戦士への警戒を続けている。それはジンの強さを信じている故の油断でもあった。
朱髪の女の瞳がジンを見つめる。
悲しみに似た痛みがジンの胸を締め付けた。女の弓を持つ手がぐいと引き寄せられる。それは弓を引き寄せるためでも、奪うためでもなく、女の上半身を前に進めるための動作だった。
ジンと顔の距離が縮まる。眼前に近づく碧眼が、ジンの意識を深く吸い寄せた。ジンは体温を急速に奪われるような悪寒と共に、自分の脳に進入して来る声の奔流を抵抗する術もなく受け入れる。
『レオンヲいじめないでわたしたちノ邪魔をしないでレオンわるくないアナタキライじゃまシナいでレオンハイイヒトダカラ消えて居ナクなってダレカたすけてレオンをいじめないでわたしたちの邪魔をしないでアナタキライダレカたすけてレオンイイヒト邪魔をしないでダレカトメテあなたきらい消えてワタシタチヲ誰か邪魔をトメテ……』
濁流となって頭の中を声が渦巻く。
その意識の波にジンは飲み込まれ、一瞬の吐息を漏らしながら膝から崩れ落ちるように倒れ伏した。




