【凶戦士・6】
モーリスはチョウサクを励ましながら緑色の髪を後ろでまとめ、糸で結び上げる。少女のくるりと丸い瞳には熱のある光が宿る。目つきが鋭く変わり、姿も心も戦闘モードへと移行していく。
「チョウサクさん、起きてしまった事は変えられないし、今はまだやれる事があるわ。レンもジンも凄く強いし、頑張ってる。私も今から援護に入るわ。下を向かないで、前見てブワァーって行きましょ」
ジュンがチョウサクの隣で頷いて言う。
「チョウ、お前が必死に知らせてくれたから今があるんだ。本当なら俺もどうなっていたか。俺たちの武器はまだ子供部屋にある、取りに行って俺たちも戦おう」
ジュンの手がチョウサクの肩を優しく叩く。その言葉にチョウサクが頷く。モーリスは彼らを見て安堵し、ベッドの陰から飛び出した。
「本気で行くわよ。【疾風】!!」
モーリスは言葉と同時に自らの両足を叩く。その動きは加速し、一陣の風のごとく凶戦士に向かって駆けた。
モーリスの小さな両手の指先が黄色い光を放つ。それをクルリと回し、円を描くと光るリングが二つ発生する。リングは即座に物質化して硬度のある武器・リングブレードへと変わる。一箇所が持ち手になり残りの円部分は鋭い刃だ。
モーリスは両手に光るリングを握りしめ、床を蹴って跳躍した。
ジュンとチョウサクが走り、部屋から出る。長い廊下を駆けながら、チョウサクが言った。
「驚いたな。あの三人、実は俺たちより強いんじゃないか?」
ジュンが答える。
「そうだな。まさに予想外だったよ」
「ハルオはどうしたんだ?」
チョウサクの質問に、言葉を詰まらせるジュン。
「……すまない、ハルオは……あの男に斬られて……助けられなかった」
「そんなまさか!?ハルオが!?敵を一人やっつけて……勝ってたんじゃないのか!?」
チョウサクが驚いて立ち止まる。
ジュンも立ち止まり、チョウサクを振り返る。
「何?……どういう事だ?」
チョウサクはショックからか動揺して、顔を引きつらせて言う。
「奴らが現れた時、三人居たんだ。灰色の髪の男と、全身鎧、そして朱い髪の女」
「何だとっ、本当か!」
「ああ、さっき鎧のヤツと灰色の髪が合体してたから三人があと一人になって、……みんな強いし、だから女はもう最初にやっつけたのかと……」
頭を抱えるチョウサクにジュンが思考して言う。
「女があと一人……何処かに隠れてるのか?なぜ出てこない……急ごう、部屋はすぐそこだ。武器を持ってすぐに戻ろう!」
「あ、ああ……そ、そうだな」
ジュンとチョウサクは残りの廊下を急いだ。
容赦の無い双剣の斬撃を、ジリジリと後退しながら大剣で受けるレン。わずかな時間にもう二十合、いや四十合程も打ち合ったであろうか、息は上がり額に汗がにじんでいる。
「どうした!さっきまでの元気はどこへ行った?」
凶戦士の嘲笑が浴びせられ、その黄金の長剣からムラサキ色の光帯が立ち上り始める。【コトダマ】を発動する力の漲りだ。
「燃えてみるか!刻んでやろうか!」
「アレか!やばぃっ」
引きつるレンの視界の端に黄色い影。
「それは【無し】よ!」
背後から斬りかかるのはモーリスのリングブレード。両手の二枚刃が凶戦士の鎧を傷つける。
体躯の違いからか、さほどの衝撃は無かったが、その斬撃は鎧にしっかりと爪跡を残した。さらに、
「なに!?力が消える!」
凶戦士の長剣から揺れる紫光が霧散していくではないか。
力が集中しつつあった文字は跡形も無い。黄金の長剣は元の静けさを保って凶戦士の手に道具としての重さを残していた。
モーリスは着地と同時に後方に跳び、距離を取ってリングブレードを構える。
凶戦士が忌々しく怒りを伴なって黄色い服の少女を振り向いた。
「何だこの女ぁ?今何をしやがった?」
右腕の剣先をレンに、左腕の剣先をモーリスに。
レンは少し距離を取り、やっと訪れた休息を使って深く呼吸を繰り返す。
モーリスは答えない。
「あら、私なんかに気を取られていいの?」
それよりも忠告をしてあげた。
空気を切り裂く迅雷、
蒼い閃光は稲妻の如く闇を駆け、
凶戦士の頭部で爆音を上げた。
フルフェイスの兜が変形して空を舞う。凶戦士が咄嗟に身を捻り、僅かに中心を捕らえきれなかった光の矢は、兜を側頭部から半壊させ、尚且つ凶戦士に片膝を付かせた。
「ここまでよ。降参なさい」
モーリスが強い口調で告げた。
剥き出しの頭部にもう一度あの弓矢が狙いを定めている。
ジンは二度目の的を外すほど、ヌルい狙撃手ではない。
一瞬の静寂と、荒い呼吸音が揺れる部屋の中、
……キィィン
レンの大剣とジンの大弓が光り、共鳴を始める。
レンが呟いた。
「こんな時にかよ」
それは夢珠が結晶化する合図。
ベッドに眠る人間が、夢珠を産もうとしている光と、光の夢珠から作られた武器たちとの共鳴だ。




