【凶戦士・4】
自由を取り戻したレンは床に転がる自分の剣に走り寄る。灰髪がすぐ近くに膝を折って苦い顔をしていたが、レンは気にしない。
灰髪が自分の肩当てに刺さった光の矢を掴むと、矢は脆く折れて破片が舞う。その破片は灰髪の肩当てから右胸にかけて付着し、青く輝く。
右足に刺さった矢も引き抜こうとするが、同様に右足を青く輝かせる結果になる。
「何だこれは、痛くもかゆくもないが目障りだな」
右足に突き刺さる矢は幾らかのダメージはあるだろうが、灰髪にとっては意に介さない程の事なのだろう。それとも強がりで言っているのか、まあいいこれからさ、と呟きながらレンは床の大剣に触れて重さをキャンセルする。
灰髪が長剣を振り上げながら向かって来ている。長剣の間合いならば数歩動くだけで切っ先が届く。先程の文字による束縛の力は消え失せ、今は長剣そのものになっているが鋭い斬撃は変わらずの脅威だ。
レンは大剣の柄を右手で掴み、軽やかな動作で振り上げて灰髪の剣を弾いて流す。
灰髪が眉を寄せる。
「どんな手品だ?それとも見た目より怪力って言わないよなぁ」
レンが返す。
「教えてあげない。手品のタネがわかったらつまんないだろ」
両手で大剣を握り直して正面に構える。
灰髪は剣を持ち替え、右腕に生えたままの光の矢を長剣で叩き折ると、青く輝く右腕を真っ直ぐにレンに突き出した。
「お前から始末する。後ろの仲間をこっちに呼ぶなら今のうちだぞ」
灰髪の背後に赤銅鎧が近付く。ゆっくりとした動作だが、凶剣はレンに向けられた。
2対2には違いないが、前衛と後衛に別れているレン達にとっては戦力は分散されており、前衛だけを見るならば2対1には違いない。
ジュンとチョウサクが立ち上がり、赤銅鎧の戦士から距離を取ろうと僅かに下がるのが見える。ジュン達の武器は無く、今は子供部屋に置き去りのままだった。それに口をパクパクと二人で動かし、声が出ない事をアピールしている。すぐに走り去らないのは、戦士として加勢したいという思いが、足を鈍くさせていたからだ。
レンはジュンとチョウサクに対して頷きを返す。ここは任せろと笑む。
「余裕のようだな、いつまでもつのか楽しみだ」
その笑みを見て灰髪が長剣に力を込めた。その黄金剣を床に突き立てる。
赤銅鎧が灰髪の背後に立ち、右腕に持った凶剣をレンに突き出した。
ギィィ……
赤銅鎧の正中線、頭の上から股関節に一本の黒い光が走る。
その光は禍々しく、軋みながら赤銅鎧を開胸させた。
頭部が真っ二つに開き、胴鎧も大きく前を展開する。
中は空洞に、だが闇色の渦が巻き、何処までも底の無い沼に似た澱みを見せる。
腕と足が二つに開いて灰髪の腕を、足を、鎧は身体を包み込む。
全身が闇色に光る。そしてジンの施した青いマーキングの光がその闇とせめぎ合い、明滅する。
灰髪は全身に赤銅鎧を身に纏い、兜の中から眼光をレンに向けた。
「さあ、始めよう」
右腕に凶剣を、左腕で黄金剣を引き抜き、双剣を構える。
長身の身体に鎧を覆い、さらに大きくその身を変貌させた凶戦士は暗闇の中で明滅しながら静かにレンに斬りかかった。
左右の剣は重厚に、流麗に乱舞しながら繰り返し斬撃を放つ。
レンは大剣で交互にそれを受け流すが、重さをゼロにしても剣の大きさが変わるわけではない、二刀による高速の斬撃の回転に、追いつく事は出来ても上回る事が出来ない。レンは徐々に防戦に追い込まれて行った。
「レン!離れて!」
本棚からジンが叫んだ。
弓で援護するにはレンの背中が邪魔になる。凶戦士がそうなるように位置取りして攻めているのだから仕方ない。
「む、ちゃ、い、う、な、よ!」
レンが斬撃を受けながら叫ぶ。
と、ジンが矢を放ちながら言った。
「じゃあ当たったらごめん」
シュッ
ガキィン!
「こらぁ!」
「ほう、良い腕だ」
青い矢がレンの右肩を掠め、凶戦士の左胸に直撃する。
「あの位置から心の臓を狙うか、面白い」
凶戦士が兜の下で笑んだ。
矢の威力が鎧の強度を上回っていれば大ダメージだが、鎧の最も分厚い部分でもある。肩や腕には刺さっても、僅かに胸板の防御力が勝った。
「……て事は、鎧の隙間を狙うしかないな」
ジンが言う。
もしもレンに当たったら……と、威力を弱めた訳ではなく、鎧の強度を確認する為に放った一矢だ。
そこに迷いはない。




