【凶戦士・1】
寝室に射す照明が、間接的に部屋の内部を照らしている。その光は小人達が隠れている本棚にも届いているが、傾いた書物の影に遮られ、その中の赤い帽子も青い帽子も、黄色い服も視界に映る事はない。
子供部屋の異変からわずかに時が過ぎた。
ジュンの叫びは寝室の三人に届いており、「侵入者が二人?」「護衛組の二人がやられた?」という憶測の域ではあるが、現状を把握する事が出来た。
ジンとレンの二人だけだったなら、「同族の妨害」という不測の事態に予測も理解も及ばなかっただろう。だがモーリスの都会での、いや漆原家での経験が、情報を正確に咀嚼するに足る知識だった。
モーリスが呟いた。
「静かになったわね。大丈夫かしら」
レンがニヤついた笑みで続く。
「力尽くで奪いに来るような輩だろ?それなりに腕に自信があるからそんな事が出来るんだよな。ははっ」
「楽しそうね?」
モーリスの呆れた声にジンが答える。
「レンはそういう輩をからかうのが大好きなんだよねー。いじめっ子とか笑顔で蹴り飛ばすし」
「そんなダサい奴らにペコペコする必要ないだろ。正義がこちらにあるなら強気で攻めないとな」
レンが鼻息を鳴らす。
ジンは少し頭をひねる。
「イジメっ子に正論で責めると必ず逆上するけど、それを愉しむのは趣味になるのか?」
「相手が自分より強かったらとは考えないの?」
モーリスが問う。
「それはソレで楽しみが増えるだけだな」
レンの答え。
そしてジンの答え。
「ただのバトルマニアだよね」
「静かに、こっちに来るわ」
モーリスが静寂を促した。
ゆっくりとした足音が、寝室に近づいて来る。同族の足音だが、複数に渡って鎧や具足の金属音を混ざり合わせている。
それを聞いてレンが言った。
「やられたっぽいな」
レンの表情が真剣なものに変わる。
ジンが頷く。
「ジュンさんやハルオさんだったら走って来るよね」
モーリスも無言で同意し、頷きを返す。
「敵に【コトダマ】の能力者が居るかもしれないよ」
ジンの心配にモーリスが口を開いた。
「その時は任せて」
レンとジンが頷く。
大剣を握りしめながら、レンが立ち上がって言った。
「俺が隙を作る。ジンはここに隠れて援護な。モーリスはコトダマ使いが居るかどうか分かるまで待機。様子を見て、居たらそいつを頼む。居ないなら援護に回ってくれ」
「了解……来たわよ」
モーリスが隠れながら告げた。
寝室に現れたのは四人。先頭を歩くのは頭に両手を上げたままのジュン。
そして灰髪の男がジュンの背中を長剣で小突きながら歩き、その後ろを赤銅鎧がチョウサクの襟首を掴んで引きずりながら歩く。
ジュンの足取りは重い。
連戦をしたばかりのように脱力し、背筋も緩んで居た。だが、気力が尽きた訳ではない。むしろ憤怒していた。ハルオを斬られ、その怒りが身体を溶岩のように燃え滾らせている。しかし、一対二の不利と、眠ったままのチョウサクを盾にされては、灰髪の男の言う事を聞く他に無かった。
そして、寝室の客人達に助力を願うつもりはなかった。
護衛を任された身であり、守るべき存在だ。それに敵の実力を見れば、客人達には逃げてもらうのが最良だと思える。何とか隙を作り、レン達を逃した後、この身を賭して打って出る。刺し違える覚悟であったが、気掛かりなのは未だに眠ったままのチョウサクの身だ。
何とか客人達と共に逃げて貰いたいと思案する。寝室までの道程を敢えてダラダラと歩き、僅かながらの時間稼ぎをする。だがジュンもハルオを失った直後でいつもの冷静な判断が鈍っていたのだろう。良い策も浮かばないまま寝室に辿り着いてしまった。
ジュンが苦悩の表情を上げる。
視界にはベッドで眠る人間、そして本棚から一直線に駆けてくる赤い帽子の小人の姿。
「ジュンさぁーん!おかえりなさーい!」
満面の笑みで手を振りながら走るレンは、どことなくキラキラした瞳をしていた。




