【小さなモミジ・6】
長い10秒が始まった。
ジュンは腰の剣に手を掛け、部屋の中へと歩を進ませる。
目標である灰髪の男と赤銅色の鎧戦士に向かって。
……2……3
正面に灰髪、左に鎧戦士。二人の間に出来た隙間からチョウサクとハルオの姿が見える。
数歩前に近付いた後、右に急転進する。
……5……6
駆ける。灰髪と鎧戦士を縦一列に並べるためだ。鎧戦士からは灰髪が邪魔になり攻撃し辛くなる。
ジュンの目標は灰髪の男に絞られ、その間合いを詰める。
灰髪の男が言った。
「ちょっと、仲良くさせてくれませんかねっ……!?」
不敵とも取れる余裕がある笑みを見せながら、腰の短剣に手を掛ける。
その目はギラギラと開かれ、疾駆する白い戦装束を捉えた。
ジュンは大声で応えながら床を蹴って跳躍した。
「ここに入り込んだ事が既に成敗されるに値する!」
抜剣するや両手で握りしめ、灰髪の男の首元を目掛けて振り下ろす。
同時に動くハルオの右腕が、床に閉じていた鉄扇を拾い上げながら灰髪の足をめがけて振り上げられた。
刹那に斬撃が重なり合い、二つの金属音が耳を突く。
その攻撃が描いた理想ならば、ジュンの刃と灰髪の刃が結び合い、鉄扇により灰髪の左足を打ち据えていた筈だった。
だがジュンの剣は首元の寸前で、背後から滑り込むように差し出された赤銅鎧の凶剣に食い止められ、鉄扇の一撃は灰髪の短剣により受け止められていた。
「くぅ!!」
ジュンがバランスを崩しながら床に着地する。思わず口惜しいセリフを吐きそうになりながら。
凶剣は切っ先でありながらも強靱な反発力でジュンの一撃を跳ね返したのだ。その全体重を跳ね返した力も、背後から正確に首の真横を通した技も驚愕の一言だ。
灰髪の男は見開いた眼をジュンから一度もそらさなかった。
斬られるその刃を無視して、ジュンを見つめ、心眼のような神業でハルオの攻撃を防いでいた。しかも左腕一つ、逆手に引き抜いた短剣で。
「!?」
ハルオが驚いて声を出そうとしたが無言に阻まれた。
「そんな馬鹿なってか?随分と舐められたもんだな」
灰髪の男が左腕に力を込める。鉄扇はその重さにより敵を打ち据え、骨をも砕く。だがその重さを物ともせずに弾き飛ばしてみせた。
空中に舞う鉄扇が開き、扇状になりながら床に落ちる頃、灰髪の持つ短剣はその姿を変え、ロングソードと呼ばれるほどに大きく変化した。
体勢を崩したジュンの身体を蹴り飛ばしながら、
「同族を斬るのは心が傷む」
灰髪の男は言った。
その言葉に背中が凍るジュンとハルオ。
ハルオが身体を起こし、振り向きながら手を伸ばした。
「だが先に殺されそうになったのはこちらの方だ。悪く思わんでくれ」
「逃げろ!ハル……!!」
立ち上がりながらのジュンの叫びが予期していた光景を彩る。
振り上げ、振り下ろされる黄金色のロングソード。
抵抗を示すハルオの左腕、
そして眠る仲間を守るために広げられたハルオの右腕。
袈裟掛けに振り下ろされた黄金の剣は、赤く染めた手の平を紅葉のように舞い散らして床に揺れ落とした。
崩れるハルオの身体が光を放つ、儚く散る夢の光は、収束してから空中に弾け飛んだ。
脱力するように両膝を突くジュン。
この瞬間、部屋で最も幸せだったのは、眠りについたままのチョウサクと、ベッドの中の子供だけだったのかもしれない。
床に転がる小さなもみじは、時を置いて光となり、散る運命なのだから。




