【小さなモミジ・2】
屋根裏から回り込んだジン達三人は子供部屋の押入れの中に居た。わずかに開いた扉の隙間から、部屋の中を伺う。
ベッドには短髪の男の子が布団を首元までかぶり、ウトウトとまさに今、瞳を閉じかけている。
傍らに腰を下ろした女性は、読んでいた本を閉じながら、声の音量を下げていった。
本は、アヒルの男の子が冒険をする内容の物語で、自然や環境問題をテーマにした奥深いものだが、アヒルのキャラクターがコミカルに活躍して、ストーリーを楽しい雰囲気にしている。また、普通の所は普通に読むのだが、感情が表れるキャラクターの台詞などは声を変えて様々に演じ分ける。登場キャラクターが増えれば増えるほど、その声は七色に彩られた。
やがて、
物語も後半になり、興奮も落ち着いて目を閉じた子を見て、静かに立ち上がった女性は、部屋の電気を消し、子供の本棚に手中の本を戻して部屋を後にした。
足音が遠ざかる。
階段を静かに降りていく。
「あれが漆原めぐみかぁー」
声を潜めていた三人の内、レンが一番に呟いた。
「あの本読みは楽しいな。逆に内容によってはなかなか寝ないだろ」
それを聞いてモーリスが笑みを見せる。
「まぁ、楽し過ぎると寝ないわね」
ジンも口を開く。
「いつもなら本棚に隠れるんだけど、ここに居て正解だったね。見つかるとこだったよ」
「言ったでしょ、押入れ出ない方がいいって」
「ありがと、モーリス。もうそろそろ、出ていいかな」
ジンは周りを警戒しながら、押入れから出る。
子供部屋のドアは閉めておらず、広い廊下と階段の方が見える。
廊下の電気はオレンジ色で柔らかく、子供の眠りを妨げる程ではない。
「子供部屋の方は邪夢の警戒するんだよね?」
ジンが言うと、モーリスが答える。
「私達が寝室に行くんだから、入れ替わりであの三人の内の一人に任せればいいでしょ。旦那さんと二人で寝るんだから、寝室に二人来てくれた方がいいだろうし」
「そうだね。じゃあ僕たちも寝室に行こう」
ジンは二人を促して子供部屋の出口へと走った。オレンジの光が三つの影を作り、小さく弾みながら子供部屋と廊下に軌跡を描いた。
☆ ☆ ☆
『ゆめれん』の地下2階、シークレットと書かれた部屋の扉をテスが開く。普段ならば鍵とセキュリティの掛かっている扉は、先人の手によって解除されており、容易く開く事が出来た。
一歩、部屋に入ると、テスの目の前に広がるのはジャングルと見間違う程の樹木たちだ。
その幹は太く、生気に満ち満ちた緑色で規則正しい列を成して遥か奥深くまで続いている。
右も左も、奥も、遥かに際限なく広がる樹木は、頭頂部に丸い膨らみをもたげている。
それは緩やかにカーブし、七色の優しい光を持って静かに樹木の首を傾げる。
それは夢の光の結晶、夢珠に他ならない。
大玉と呼ばれる光の夢珠は、回収され、この場所に運ばれる。
そしてこの樹木に一本につき一つ、花の蕾のように蓄えられ、静かに長い年月を過ごす。
時には数年、数十年、時を経て熟しながら、膨らみはいつしか果実か、はたまた大輪の為の蕾か、膨らみながらその瞬間を待ち続ける。
テスは歩を進め、密林の一画で自らの主を見つけた。
「アレックス様、こちらにいらっしゃいましたか……」
「やあテス、君も見に来たのか。今夜の発表次第でジョディ氏もアカデミー女優だ。今日こそはやってくれると、何処のニュースも期待しているからな」
アレックスは一際大きく実を太らせた、目の前の樹を振り仰ぐ。
テスは同じように夢珠を見上げる。
「初来日の時に回収した夢珠ですね。しかし……あいにく、私は別の用件です。アレックス様」
言いながらテスは手にしていた一枚の紙、夢防人の登録証を手渡した。
「これは?」
「あのモーリスと言う少女のものです。やはり同行させるのはまずかったかもしれません」
アレックスはゆっくりと書類に目を通す。
「……なるほど、これは……よく気がついたね」
書類の一点を指差し、パチンと紙を弾く。
「彼女の回収記録は同じ人間の家ばかりをローテーションしていました。それだけでなく、漆原めぐみの回収については五年前からは必ず毎日と言っていいほどの参加」
「ファンと言うには行き過ぎてるね」
「問題なのは、他の人間の時には夢珠の回収も邪夢の退治もちゃんとしています。ですが漆原めぐみの時は邪夢退治のみで、夢珠は一つも回収していません」
「……なるほど、だから気がついたのか。確かに、夢珠の回収には、その人間に多少なり接触する時があるからな」
「はい。おそらくモーリスは漆原めぐみに接触する事が出来ません。もしくは……」
「自殺志願者か」
「はい。可能性はゼロではありません」
「うーん、夢珠も報酬も要らない。会えるだけでいい……か。しかし、何度も参加して自殺するならチャンスは沢山あったわけだ。今まで何もせず、無事に帰って来ているわけだから、今日も大丈夫だと思いたいね」
「最近の漆原めぐみは【コトダマ】の人気のせいで順番も半年待ちでした。楽観視は出来ません」
「ふぅ、厳しい見解だね」
アレックスが振り仰ぐと、頭上の夢珠が輝き出し、虹色の光を強く発し始めた。
「おや、産まれそうだ。アカデミー賞の夢が無事に叶ったな」
夢珠は一際大きく、さらに膨らんで蕾を弾けさせた。
それは巨大な華が花弁を惜しげも無く開くように、光を撒き散らしながら大輪の花を咲かせた。
周囲の樹木が共に喜びを分かつように共鳴する。
虹色の花、そしてその中心、
蕾の中から現れたのは、金髪で青い瞳を潤ませた、一人の女の子、新しい小人の姿だった。
「おめでとう、出来れば名前を聞かせて欲しいな」
眩しさに目がくらむアレックス。手を伸ばし、少女の小さな手を取る。
テスが外国語を操りながら現れた少女に話かける。
「……アリシア・クリスティ……」
少女はまだ虚ろな瞳でゆっくりと答えた。
「ようこそアリシア、まずは夢珠で言葉を覚えよう」
ここは小人達の秘密の森。
夢の花咲く【夢咲き森】




