【小さなモミジ・1】
東京北区、夢珠総合管理連合『ゆめれん』
東京北区で行われた夢珠の回収、及びその情報が集められる機関だ。
組織『アレックス』の一部ではあるが、組織に属さない小団体や、個人単体での回収も受け入れている。
その情報室の中に、資料に目を通すテスの姿があった。何枚かの紙の束を紐で結び、本のように読める状態にしている資料は、個人別の回収記録だ。
「これは……まさか?」
テスの目が鋭く光る。
資料に記載されているのは、日時、場所、回収した数、その大きさ、誰と行動したのか。
場所に付随される人間の情報、名前や住所、家族構成など。
そして戦闘行動、邪夢との戦闘における討伐数やその大きさや特徴である。
テスはその内の一枚を手に、近くに居た事務員に声をかける。
「この子の出生地とオリジナルを調べて欲しいの。すぐに解るかしら?」
紺色のスーツを着崩した女性の小人が直ぐに応える。
「記載されているこの登録ナンバーで探してみましょう。地元の出身ならすぐ分かりますよ」
「お願い」
その指示を受けて事務員はものの数分で資料を用意してみせた。
分厚いファイルの中から一枚を取り出し、テスに渡す。
それを一瞥してテスは足早に去りながら言った。
「借りるわね。後ですぐ返すわ」
誰も居ない廊下を急ぐテスの表情がより険しくなった事を知る者は居ない。
☆ ☆ ☆
先を歩くモーリスを追いながら、ジンが声を潜めて投げ掛ける。大きな声は出せないがこの少し自分勝手な連れ合いを呼び止める必要はある。
「モーリス、段取りを無視するのはマズイよ」
元々が小さな身体の小人である。もし人間が居ても、その音量はヒソヒソ声にすらならない。
玄関に並んだ男性皮靴や女性物のヒール、そして子供用であろう虹色のスニーカー。それらを踏み台にして玄関から廊下へと上がり込むモーリス。
それを見て真似をしながら靴を蹴るように続くジン、そしてレン。さらに後方から護衛組の三人が走る。
赤帽子のレンが追い付き、モーリスに言う。
「サンキュー、助かったぜ。あのまま寝るまで待ってるなんてゴメンだよなぁ」
それを聞いてジンが長年の相棒を嗜める。
「確かにそうだけど、勝手に動くのはマズイよ。見つかったらどうするんだ」
モーリスはジンとレンを交互に見て、しれっとした表情で応える。
「あら、レン君の方が融通が効くみたいね。ジン君は優等生タイプかしら?ニンゲンが起きてるくらい、どうって事ないでしょう?」
ジンが少しムッとする。
「僕たちだって毎日夢珠の回収はしてるし、こういう最近の家にも侵入経験はある。ニンゲンが起きてても見つからない自信だってあるさ。それより、段取りってもんがあるんだ、先にヤルならヤルで言ってからにしてくれって話だよ」
「ふふふ、怒っちゃってカワイイ~、いいわ、教えてあげる」
モーリスは微笑みながら、電気の消えた廊下のあちこちを指差し、次々と説明をしていった。
「通路の奥左手がリビング。今は誰もいないわ。右手の手前がトイレ、右奥にお風呂、シャワーの音が聞こえるでしょ?旦那さんが入浴中よ。今はもう子供が寝る時間だから、5歳の息子と漆原めぐみ当人は二階の子供部屋に居るわ。夜寝る前にベッドで本を読んであげるのが日課よ。この階段、上がるわよ」
モーリスは慣れた足取りでジャンプし、階段を登り始める。
軽快に飛び跳ね、段を登り切ると、足を止めて振り向き、全員が登りきるのを待った。
一番に追いついたジンが確信を込めて言う。
「モーリス、君は何度かここに来てるんだね」
「そうよ、回数なんて分からないけど。この家が建てられて六年余りかしら。最近は人気出ちゃってあんまり来れないんだけど、まぁ、目を閉じてても歩けるってヤツよ」
自信有り気に言ったモーリスに、ジンは真面目な眼を向ける。
「それは判った。頼りにするよ。でも過信は良くない」
「あ、可愛くな~い」
続くレンは笑いながら付け足す。
「そう、可愛くないんだよ。ジンは真面目な事ばっか言うけどな、掟やぶりをするのはいっつも俺より先だから気を付けた方がいい」
「あら、そうなの?」
「レン、余計なコト!」
「本当だろうが、ニンゲンとお友達になるとか前代未聞だ」
「まさかニンゲンと接触したの!?」
「ちょっとレンってば!!」
「おかげで死にかけたしな。とんだお利口さんだよ」
「うわ~本当にぃ、意外ねぇ~」
ジンが舌打ちするのと、護衛組の三人が階段を登りきり、追い付くのが同時だった。会話は聞き取れなかったようで、追い付いたジュン達は頭の上に各自が『?』マークを付けていた。
モーリスは全員が揃うのを確認すると、二階の廊下の奥にあるドアを指差して言った。
「あそこが漆原めぐみの眠る寝室よ」
護衛組の三人が頷くと、先に歩いて部屋へ向かった。
「我々が先に潜入して、隠れている邪夢が居たら排除します。ジン様達は一緒に入ってもらってかまいませんが、どうされますか?」
戦士ジュンがそう尋ねると、モーリスが青い帽子の先を引っ張りながら言った。
「子供部屋の様子を見に行きましょうよ。多分、息子とめぐみが居るわ。見たくない?」
「わかったから引っ張るなよ」
ジンが言うと、戦士ジュンは寝室の方へと向かった。
「ではお気をつけて、後ほど寝室の方へ来て下さい。邪夢の掃除が終わったら我々はベッドの下に待機します」
その背中にモーリスが手を振った。
レンが廊下に並ぶドアを見上げる。寝室のドアを含めて三つ、その内の階段に一番近いドアから話し声が聞こえる。女性の、ニンゲンの声だ。
何かの物語を読んでいるらしく、冷静な口調とリズム、時折キャラのセリフなのかとんでもなく元気な声が響いてくる。それに重なるようにして、男の子の笑い声が聞こえた。
「あそこが子供部屋?」
レンが尋ねると、モーリスがそうよと頷いた。そして廊下の中程まで進み、真ん中の部屋の前で足を止める。
「この部屋は物置きみたいになってるんだけど、ここから屋根裏に上がれるから。上から隣に回り込みましょう」
モーリスが言って、ドアにそっと触れた。
頭の上からドアノブが動くカチャリと微かな音がして、さほど力を入れた様子もなく、ドアがゆっくりと開く。
「スゲーな、それ。どうやってるんだ?」
レンが屈託もなく好奇心を込めた笑顔で尋ねる。
モーリスは微笑して言う。
「ドアにお願いしてるだけよ。部屋に『入れて』って」
モーリスの言葉は優しい。だがどこか、悲しい。
「それって言霊のチカラかい?ドアの鍵を開けたりも出来るんだね」
ジンが関心するように言った。
「まぁ、そんなとこ。ただ、あなた達が夢珠を使って得られるのは戦闘に使うためのモノでしょう。おそらく発動に溜めが要るし、私のチカラとは少し違うから、同じ事をするのは難しいかも」
部屋の中に入ったレン、ジン、モーリス。その目の前に広がるのは、白い犬のキャラクターグッズが所狭しと並んだコレクションの山。漆原本人が買った物もあるが、ほとんどがファンからのプレゼントだ。
「なんだ、ひょっとしてチカラが弱いのか?」
レンが言う。
言葉の夢珠でも、チカラのレベルが差異を産み出す。それはどんな夢珠でもある事だ。
モーリスが返す。
「逆よ、強すぎるの」
少し悲しげに言うモーリス。
だがそれを聞いて好奇心を膨らませるレン。
「おお、スゲーじゃん!」
「凄くないわ」
即答して立ち止まるモーリス。
何かに取り憑かれたように虚ろな表情でレンを見る。
「私がレン君に『止まれ』って言って触れたらどうなると思う?」
レンに向かって右手を差し出し、手のひらを見せる。
白い小さな指がその繊細な容姿と裏腹に、何か得体の知れない気配を纏って、赤帽子を見つめる。
レンは少し考え、
「そりゃ……多分、動けなく……なる?」
「じゃあ『死ね』って言ったら?」
モーリスがレンに向かって差し出した手に、レンが圧倒的な威圧を感じて息を飲む。
モーリスの目が冷たい。
空気が凍るように部屋に静寂が生まれようとしていた。
瞬間、
二人の間に割り込んだジンが、その手を平然と掴んだ。
「そういえばまだ握手もしてなかったね。よろしくモーリス」
ニコリと笑顔を向けたジンの両手は、小さくも温かくモーリスの右手を包んでいた。
驚きを隠せずに両目を見開いたモーリスは、青い帽子の小人の笑顔を見て言った。
「ジン、あなたチョット変わってるわ」
ジンは手を包んだまま言葉を返す。
「よく言われる。あんまり自覚ないんだけど」
笑顔が苦笑いに変わる。
モーリスと同じく驚いて固まっていたレンが笑い出した。
「……はははっ!ほらみろ!そーやって俺より先にやるんだよな」
言うとモーリスの左手を掴んだ。
「じゃあ俺はコッチだな。よろしくな」
「ちょ、ちょっと離してよ」
右手をジン、左手をレンに握られて、モーリスの声は上ずった。
「あなた達ヘンよ!……やめてよ!……」
その言葉に、チカラを発動する気配はない。
「……離してよ……私の事なんて、何も知らないくせに……」
心から思う言葉ではないのだから。
「あれ?モーリス、どうして泣いてるの?」
なぜ一人で戦って来たのだろう。
「わかんないわよ!あなたの所為でしょ」
なぜ同じ戦場ばかり選んで来たのだろう。
「あー、ジンがモーリス泣かした~」
カエリタイ場所は何処だったのだろう。
「レン君、あなたもよ!」
思わず吹き出してしまったモーリスは、自らも手を握る力を込めた。
心から思った言葉は秘めたまま、胸の奥にしまい込んだ。
『このまま離したくない』と。
温まった手が赤くなって、小さな紅葉のようになった時、モーリスは初めての仲間を二人も得たのだった。




