【言葉の魔術師・5】
青い空がコンクリートの森を突き抜けていた。
時折見せる白い雲は散りながら流れ、四角い箱を出入りする群衆を横目で哀れんでは、その自由を満喫し果てる。幾つもの機影を隠し、生命を見下ろし、地球の息吹と胎動を空に描く。
風は無力にも箱を撫でる。ただいたずらに逆巻き、舞う粉塵とアスファルトの臭いを、むせ返るような嘔吐臭の中で混ぜ合わせ、行き交う車輪に轢かれても彼らの歩みを留める事すら出来ない。
影は無数に散らかり、交差点で器用に交わりながらも薄っぺらい無表情の後を追う。
何に向かっているのか、何処かに帰りたいだけなのか、冷たい視線の先に見たい幻想をせめて追いながら、影の主は交錯して雑踏と言う虚無の旋律を奏で続けていた。
雑居ビルの屋上で翼を休めるためにカラスが舞い降りる。その背中から降りたジンとレン。
小さな身体を大きく伸ばして、深呼吸を一つ。次の瞬間に眉根を寄せて地上の人間達を見回す。
「くせぇ、空気悪い。こんな中で生きてるなんて信じらんねー」
赤帽子のレンのボヤキに深く頷いて言葉を返すのはジンだ。
「環境に慣れるって怖いよね。無意識に大事なものを忘れて行くみたいだ」
二人が肩を並べて眉根を寄せていると、隣りのカラスがアーッと鳴いた。決してお腹が空いたとか疲れたとか不満を表現して鳴いたわけではなく、その声は近くの空を飛んでいる仲間に向けられていた。
一羽のカラスが飛来してビルの屋上に舞い降りる。
小人たちと、二羽のカラスが並び声を掛け合う。
呼んだカァ?
おう、すまねぇチョット頼まれちゃあくれねぇカァ?
何でぇ小人じゃねぇカァ。
この奴さん達を小人の村まで案内しちゃあくれねぇカァ?
へっ、お安い御用だべらんめえ、まかしといてんカァ。
そんなやり取りがあったかどうかは定かではないが、ここまで乗って来たカラスは大きく翼を広げて飛び立つ。
代わりに、先ほど現れたカラスがさも自信に満ちた風体で鎮座していた。
「君が北区の本部まで案内してくれるのかい?」
尋ねるジン。
「カァー!」
「よろしく頼むよ」
和かに向けられる笑顔。
ジンは明確にではないが、知能の高い動物との対話や意思疎通に優れている。これも夢珠の一種・言葉玉による能力である。
夢防人達はお互いの言語によるコミュニケーションを円滑にするために、誰しもが言葉玉を使用する。
その時に得られる効果で、稀に目的の言葉を超えた能力が解放される事がある。
動物との会話もその一つだ。
もちろん、初めから『動物との会話』を目的とした夢珠が存在確認されている。希少だが、ペットを飼っているニンゲンから得られ、使用すればまさに会話が成り立つ物だ。
ジンの場合は偶然に付与された能力であり、能力レベルは低い。だがそれすらも持たないレンにとっては、便利そうで少し羨ましくも思えるのだった。
新しいカラスに乗り換えたジンとレンは東京の空を飛んだ。こうして昼はカラス、夜はフクロウの背に乗り移動して丸二日、ようやく辿り着いた大都会に、赤と青の帽子は雑踏を残して紛れて行った。