【言葉の魔術師・4】
その日の夕暮れ、【夜の部】北東部リーダーのシュワルツの元にとある小人が現れた。
南西部から来た遠征組、剣士のロキである。
北東部の中心、集会所でもある納屋の家、その母屋の二階、さらに屋根裏にシュワルツの自室がある。
ここは他の小人達の家や住処とは違い、ニンゲンの住居を模して造られた様相をしていた。
8人が座って会議が出来るテーブルと椅子。
書類仕事をするための机、紙を巻き物にした書物をまとめて保管するための書庫、仮眠用のベッド。
それらは木の壁で区切られてドアまで付いていたが、天井は無かった。あくまでもニンゲンの家の屋根裏だ、雨の心配はない。
薄暗い内部を明るくするために幾つかの丸い照明が壁に灯る。夢珠から創られた光の球体で、電気も動力もなく自立発光する。そのおかげで部屋の内部は昼間のように照らされていた。
ロキは壁伝いに歩き、一つの扉の前で立ち止まる。
他のドアには『会議室』や『休憩所』といったルームプレートがあるのだが、その扉にだけ、何も書かれていなかった。
そのドアを開ける。
木の軋む音と共に扉が開き、部屋の内部から男の声が出迎える。
「やあ、首尾はどうだね?ロキ君」
中央に置かれた大きな机で、書類を忙しく広げたり、何かを書き込んでいるのはシュワルツだ。
「報告を待っていたよ。今日の狩りの配置に関わるからね。【中島家】の近辺の配置が決まらなくて困っていたんだ」
「すいません、シュワルツさん、遅くなってしまって」
「大きな邪夢は排除してくれたんだろう?【中島家】の近辺はまだ様子を見た方がいいかね?【昼の部】の配置はあの近辺は誰も近づかないように手配はしたんだ。昨日の今日だからな、もう一日、様子見てから偵察隊を送ろうかと思ってるんだが、どう思う?」
「発見した邪夢については全て排除しました。一匹が隣の家にまで侵入していたのも排除しました。その時に怪我をした者が出てしまった事については申し訳ありません」
「いや、君はよくやってくれた。我々の部隊が未熟だったから起きた事だ。気にする事はない。怪我をした者も無事に治療を終えている」
「今夜の【中島家】の出撃はもう一度我々の部隊でやらせて貰いたいのですが」
「もう一度か?」
「南西部から追加の応援を呼びました。今こっちに来ているのと合わせて10名で【中島家】とその近辺を含めて隣接する9件に、監視と残っている邪夢狩りをします。それで問題が無ければ明日の夕暮れに我々は引き上げさせて貰おうかと思います」
「9件を10名で?監視だけならともかく、大丈夫かね?」
「昨日倒したのが一番大きな親玉なら問題無いでしょう。それよりも問題なのは【中島家】から移動した邪夢が居たという事実です。すぐ隣で見つかったから良かったですが、まだ潜んだままの邪夢が居ないとは限りませんから。今日もう一日、用心しておきましょう」
「わかった。【中島家】とその近辺の事はもう一日、君に任せよう。よろしく頼む」
「了解しました」
「頼もしくなったな、ロキ君」
「……」
「君が都会に出て行ってから何年になる?もう七年、いや八年か?お兄さんのスタローンには会ったかい?」
「いえ、まだ」
「兄弟が居るのは貴重な存在だ。大切にしたまえよ」
「シュワルツさんにも居るんでしょう?兄弟」
「兄がね。アーノルドと言うんだが、しかし彼はアメリカだ。流石になかなか会えない」
「そうだったんですか」
「君たちは同じ国だ。会おうと思えばいつでも会える。羨ましいよ」
そう言ってシュワルツは笑った。
だがすぐに顔を引き締めて机に向かう。今夜の部隊調整を仕上げなければならない。
ドアから去るロキを見送りながら、シュワルツは黙々とペンを走らせた。
☆ ☆ ☆
時を同じくして夕暮れ、神社の裏手でカラスの背中に乗りながら出発準備を整えたジンとレンが居た。
夕暮れに出発し、街を一つと、二つほどの山越え、そして山麓ではフクロウに乗り換えてまた街を目指す予定だ。
「まぁ、本人の夢珠を直接回収は出来ないかもしれないけど、その地域を担当する夢防人の団体が居るはずだから、そこで管理している夢珠を分けてもらう手もある。交渉する必要があるだろうけど」
青い帽子を深めに被り、カラスの首筋にモゾモゾとよじ登るジン。
「その方がラクそうだよな。確実だし」
レンが後を追うように乗り込みながら言う。二人とも一羽のカラスに乗り込むと、黒く艶やかな翼が広げられた。
沈み始めた夕陽に照らされながら、その雄々しい羽根で舞い上がり、風を切る。
「スタローンさんが書いてくれた紹介状も有るし、話しくらいは聞いてくれるといいなぁ」
「あのオッサンそんなに有名人なのか?」
「若い頃はかなり有名だったらしいよ。でも紹介状は知名度よりも、ちゃんとした身分を保証するための物だから、僕たちが遊びで来てるんじゃないって事を信じてもらうのが目的さ」
「気が利くな、スタローン。シュワルツより話がわかるんじゃないか?」
「そう思われたいのさ」
そう言うとジンはニヤリと笑った。
田舎町を眼下に見下ろしながら、カラスが鳴く。
夕焼けを背負い、朱色に照らされながら翼を広げ、山を目指して小さな影となる。
夢珠を求めて行くは東京、そこはさらなる邪夢の巣食う街。
「街に着いたら武器と防具も見ないとね」
「向こうのが進化してるだろうから楽しみだぜ」
前を向いて笑う二人。いつの間にか自分達の町は小さくなり、一つ目の山に向かって高度を上げていた。