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【長い夜・5】

 

 背中に弓を背負い、右手にオードリーのムチを持ってジンは駆けた。

 右上から邪夢の触手が三本同時に伸び上がり、青い帽子に向かって振り下ろされる。その先端には全て青白い矢が突き刺さり、青の残光を空中に描いて床を叩く。

 薄暗い部屋の中では黒くて早い触手は視認するのが困難だが、青白い光矢がそれを容易い物に変えて居た。無論彼ら夢防人の戦士達の卓越した戦闘技術と、長きに渡る経験からの予測もある。

 ジンは空中に飛び上がり、それを躱しざまにムチを振るう。

 床に転がる剣を絡ませ跳ね上げる。回転しながら飛来する剣を、絡まったムチの先を伝ってキャッチし、左手に装備する。

 空中から落下し始めた身体を、右手のムチを再び振るい、今度はベッドの足に絡ませる。

 体重が極めて軽い小人の身体は少しの負荷で容易に飛び上がり、遠心力を使えばさらに加速する事が出来た。

 ムチを使う戦士から学び取った事は、空中での直線的な移動と、曲線的な移動技術だった。

 それは北東部のこの田舎では画期的な物である。

 邪夢の上まで飛び上がり、ベッドを蹴りながら軌道を変える。

 ムチを三度振るいオードリーを捕らえた触手に絡ませる。

 引き寄せると同時に自らもオードリーの元へと飛来する。

「オードリー!」

 名前を呼びながらオードリーの肩を右腕に抱きしめる。強く。

 同時に左手の剣を触手に突き刺さった矢の束を目掛けて叩き込み、入った亀裂を崩壊させる。

 役目を終えた剣は宙に投げ捨て、両腕でオードリーの身体を抱きかかえながら、邪夢の頭に着地する。

 すぐさま飛んで来る触手の攻撃を躱すため、ささやかな御返しの意味を含めて邪夢の頭頂部を力強くジンは蹴った。

 空中に踊り上がりながら両腕でしっかりとオードリーを抱きかかえ、床に着地する。

 マサルが駆け寄って来る。

「やった!凄いよジン!!」

 歓喜の声を上げながら近寄ると、ジンが叫びながらベッドの下に走り込む。

「油断するな!一度身を隠そう!」

 ジンが走る背中をマサルが追う。

 その直後を触手が掠めて行った。


 オードリーの顔色は蒼白で生気のカケラも無かったが、まだ息はあるようだ。

 マサルは部屋の隅に隠れられる隙間があるとジンを案内した。それは10センチほどの、壁と家具の隙間で、前を物で塞げば邪夢にも見つからずに済みそうであった。

 ジン達はその隙間に飛び込む。

 入口を塞げそうな物が今は見当たらないので諦めて少しでも奥に身体を隠した。

 床のホコリを払い、ジンは右腕にオードリーの頭を支えながらゆっくりとその身体を下ろす。

 マサルが自分の帽子を丸めて枕代わりにオードリーの頭の下に敷いた。

「ジン……様……」

 来てくれた。

 声にならない吐息が零れる。

 薄く目を開けたオードリーは、微かに笑みを浮かべた。

 マサルが安堵する。

「オードリー!良かった!」

「ごめん、僕たちのせいだ。今すぐ応急手当てをするから安静にしてて」

 ジンはオードリーに笑顔を向けて言うと、自分の腰に巻いたポーチから小さい夢珠を二つ出した。

「マサルも出して。あとオードリーもどこかに持ってるはずだ、マサル、捜して」

「わかった」

 小さい夢珠は食料でもあり、小さな怪我なら治せる効果がある。そのため誰でも一つか二つ、携帯している物だった。

 マサルも腰のポーチから夢珠を出し、オードリーのポーチからも二つ見つけて床に並べた。

「五つか……」

 ジンの顔が曇る。

 マサルがそれを見てジンに尋ねる。

「うぅ……足りないよね?やっぱり」

「仕方ないさ。今はやってみよう」

「さっき一つ食べちゃってさ。ああ、食べなきゃ良かった!!」

 悔しさを噛み締めて、マサルはさっき食べてしまった分を吐き出せないかとも聞いてきたが、ジンは優しく笑って仲間をなだめるのだった。

「今はこれしか無いけど、他の部屋に行った仲間や、僕たちの代わりに隣に行った仲間が夢珠を回収しているだろ。そのなかに中か大玉があればそれを使おう。緊急事態だ、怒られはしないさ」

「それで治るの?中や大って身体に影響が出るから使っちゃいけないんだろう?」

「身体を復元させるだけなら問題ないよ。経験済みだ」

「それって……」

「僕が重症で、治したのはレンだったけどね」

 ジンは片手に夢珠の小さい玉を持ち、オードリーの傷口に近付けた。

 まだそこには触手の刃が刺さっていたが、間も無く、黒い光を放ちながら消え始める。

 本体を離れた破片やカケラは、邪夢が消滅する時と同じ現象と共に消え失せる。

 それを確認すると同時に、ジンは夢珠を両手で包みながら押し潰してつぶやく。

「この者のキズを癒せ」

 その願いは夢珠にチカラを発動させる。

 眩い光を放ちながら夢珠が液体のように溶け落ち、両手の隙間から零れる。光の流水はオードリーの腹部から流れ込み、その身体を内側から輝かせた。

 その光は数秒程で消え、ジンは時間を置かずに二つ目を手に取り、同じ動作を繰り返した。

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