【長い夜・4】
狭い隠し入口から家の中に侵入して、壁の中をひたすら走る。
青い帽子が揺れながら弾み、ホコリっぽい空気を頬で感じながらジンは全力で駆けた。
部屋の屋根裏に出て、そこから一枚板がズレたままの穴に飛び込む。
暗い押し入れの中に続く穴を抜けると、細く光が差し込む真っ暗な空間に出る。布団のホコリの匂いがする。
隙間からわずかにこぼれる光を浴びながら、押し入れの扉を押し開ける。
先程まで鳴っていたはずのラジオの音が無い。
変わりに聞こえるのは静けさなどではなく、仲間の名前を呼ぶマサルの声だった。
「オードリー!オードリー!オードリー!」
何度も繰り返して叫ぶ声がカスれるどころか、潰れて濁音混じりになっていた。
マサルは震える腕を自らの腕で必死に押さえながら、自分の剣を邪夢に向けていた。
持ち上げられたオードリーを食わせないために、こちらに注意を引き付けたかった。
大きな邪夢が跳躍して、部屋の床部分に移動してくれたのは幸いだった。上に跳ばれていたらそこに辿り着く間もなくオードリーの身体は食われていただろう。
マサルは走り、触手に追われながらも剣で邪夢の身体を突いて回った。
硬い外皮はマサルの剣では傷ひとつも付けられないが、そうして突く事で自分がここにいるぞとアピールしているのだった。その場所を遅れた動作で触手が攻撃する。
それを回避するマサル。
大きさを逆手に取った作戦だった。
だが、
不意に、邪夢が横に回転する。
ぐるりと周囲を確認して、マサルの前で【眼】を止める。
「ヤバイっ!」
見つかった!その瞬間に足が竦む。
【眼】に対して背中を向け、振り向きながら両手で剣を振った。
狙ったわけではなく、背後まで来ているハズの触手を払うためだった。
キン、と金属音がして両手から虚無感を覚えた。
剣が空中を舞い、足元にカランと乾いた音をさせて転がる。
目の前に迫る黒い触手が一本、鋭く光ってマサルの顔面に向かって伸びた。
「うわぁあ!!」
死を覚悟する刹那、マサルの眼前で閃光が走る。
ギィィンッ
青白い一本の閃光が、触手の細長い剣先に突き刺さり、その軌道を変えた。
「マサル!そこから離れろ!!」
青帽子のジンは眼を見開いて叫んだ。
「オードリーは僕が助ける!!」
光の弓矢は連続して空間を突き抜けた。
その全てが邪夢の触手をことごとく打ち払い、マサルの目の前に道を作る。
「しゅううちゅうううう!!」
ジンの瞳が血走る。
邪夢の巨体を全て、部屋の空間を全て、
マサルの居場所、
オードリーの姿、
神の眼があるのなら、今のこの瞬間だ。
「1、2、3、4、5、6……!!」
カウントしながら時計の一秒よりも速く弓を弾く。今までの最大速射数は27本だ。ジンはそれを約20秒で完全射撃する。
その全ての矢は空間に青い軌跡を描いて、流星のように走り、邪夢の触手を射抜いていった。
剣を拾う事が出来ずにマサルが空手のままジンの元に駆け寄る。
「ジン!どうしてここに!?」
「詳しい話はあとだ。僕たちのミスでオードリーをあんな目に合わせた。償いはする」
「そんな!戻って来てくれて助かったよ。絶対にもう死んでた」
「オードリーの触手が離れない?」
「一本だけ身体を貫いてるんだ。解るかい?」
「……あれか。よく見える」
そう言うとジンは目を見開いたまま、速射を始めた。
ギィィンッ!ギン!ギン!
一本目もニ本目も、そのまた次も、全てオードリーを捕らえたままの触手、その一本に打ち込んでいく。
傍らで息を呑むマサルにジンが言う。
「そこに落ちてるオードリーのムチを拾ってくれないか」
「あ、ああ。コレかい?どうするんだ?」
床に転がっていた黒い皮製のムチを、拾って渡しながら尋ねる声に、ジンが弓を下ろしながら答える。
「新しい使い方を覚えたから試してみる」
オードリーを捕らえている触手には全部で7本の矢が突き刺さっていた。ほぼ一箇所に集中された矢は、触手に僅かな亀裂を産んでいた。