【長い夜・1】
本棚によじ登り、元の位置まで戻って来たムラサキ帽子のマサル。今はピンク帽子が目印のオードリーと二人きりで、眠るニンゲンの監視を続けていた。
部屋のラジオは今だに鳴り続けているが、間も無く『おやすみタイマー』が働いてスイッチが切れる事を二人は知っている。
ラジオを聞きながらチョットにやけているマサルにオードリーが言う。
「アンタ運がいいわね。お目当ての番組聞けて」
ムラサキ帽子が今日二度目のバツの悪い顔をする。マサルも実はラジオリスナーである。目的の番組は『スマッピーのwhtat's up SMAPY』五人組の人気女性アイドルが交代でパーソナリティを務める番組だ。そして番組終了と同時にラジオのスイッチは切れる。
マサルが苦笑いして言った。
「レンはあれで優しいトコあるからなぁ」
即座にオードリーが反発する。
「はぁ?どこが?ジン様が優しいって言うなら解るけど、レンなんてイヤミだし乱暴だしすぐ怒るし!なんでアイツなんかとジン様が一緒のコンビなのかしら!私の方が可愛いしセクシーだしずっと役に立ってみせますのに!」
それを聞いて笑うムラサキ帽子。
「武器も性格も相性いいからなぁ。いつだったかな……昔、ジンが人間に見つかって危ない時にレンが助けた事があって、それ以来ずっと連んでるんだ」
「あら、アナタ意外と詳しいのね。聞いてあげるから知っている事は全て話しなさい」
マサルの隣に腰を下ろしながらオードリーはもう一言付け加えた。
「ジン様の事だけでいいから」
口元を引きつらせながらマサルがタンスの上を指差しながら冗談混じりに言った。
「お前、あの黒ツヤのボーリング玉落っことしてペシャンコにしてやろーか。きっとスリムになるぜ」
☆ ☆ ☆
窓ごしに戦いを見つめるレンとジン。圧倒的な戦闘技術の差に絶句するレンにジンが言う。
「今の……何だろう。文字が浮かんで、剣から衝撃波みたいなモノが……」
「知らねぇよ!何だアレ、反則だろうが」
言葉を遮りながらレンが声を荒げる。
「でも武器にまとわりついてる光は、戦いの最中に僕たちにもある。僕は青い光、レンにも赤い光が剣に」
「わーってるよそんなもん!あの文字だ!空中に字を書いてあんな事出来るなんて聞いたことないぞ」
「僕だって知らないよ。帰ってシュワルツに聞いてみるか……あの人達に直接聞けたら一番早いだろうけど」
「んなもん決まってる!直で聞くんだ!戦闘が終わったらアイツら帰っちまうんだぞ!」
「今日、終わるまで待って聞きに行くって事?教えてくれるかなぁ」
「ぜぇっっったいに吐かせる!」
猛獣のような目で遠征組を見つめるレン。石に噛り付いてでもと言うより、既に窓枠に噛り付いていた。
猛獣の視線を受けながら、遠征して来た戦士達は二匹目を相手取っていた。
変わらず身のこなしは鮮やかで、邪夢の動きに遅れを取ることは無い。
ムチの戦士が陽動と遊撃を行い、動きが止まった所を弓の女戦士が射抜く。弱ってきたら大剣の剣士がトドメを撃つ。
そうやって組まれた連携は洗練されており、経験の差をもレン達に見せつけた。
二体目の邪夢を片付けると、今宵、三体目の邪夢が現れた。
それは二体目と変わらずに大きかったが、
「気を付けろ!速いぞ!」
その動きは今までの比では無かった。
金属を握りつぶすような耳障りな唸り声を上げて、その邪夢は走り、跳ね回った。
昆虫ならバッタやコオロギを思わせる跳躍を見せ、戦士達を翻弄する。闇色の体躯とうねる触手の体表が伸縮して波打ち、伸びてくる触手の攻撃を振り払いながら戦士達は部屋の床、テーブルを駆け回った。
と、そこに珍客が現れる。
騒ぎを聞きつけて来たのか、テーブルのご馳走に釣られただけなのか。
家庭の害虫、嫌われ者のNo.1、ゴキブリ君である。
壁を伝い、カサカサと邪夢に負けないスピードで部屋を駆ける。
窓から覗いていたレンが、思わず吹き出してしまい、ジンにたしなめられた。
「おい!まさかのゴッキー参戦だぜ!速いの一匹でも厄介なのに、こりゃあ苦戦だなあ」
「笑っちゃダメだよ、必死で戦ってるんだから」
そう言った矢先、
ドスッ
跳躍した邪夢が、走り回るゴキブリの隣に着地する。
逃げようとする害虫を一瞬の内に触手で捕獲し、何本もの触手をさらに重ねて包み込む。
その体躯は一瞬膨らみ、バキバキと音を立てたと思った矢先に黒く輝き始める。
波打っていた体表が変貌を見せる。
毛細血管が浮き出たような波打つ体表は、黒光りする艶やかなテカりを持った、硬い外皮に変わっていた。
それは黒い鉄の球か、あるいは……
大剣の戦士から余裕の表情が消えた。
「ちくしょう、取り込みやがったか」
苦渋の言葉は他の戦士からも余裕を剥ぎ取った。
ジンは蒼白な顔で言った。
「……レン、聞きたいんだけど……どうしてボーリング部だと思ったの?」
その答えは無い。
「……」
絶句だ。
「部屋の何処で見たの?」
続けて問われた二問目に、レンがやっと口を開く。
「タンスの上……」
「本気でレンはニンゲンの事をちゃんと知った方がいいよ!タンスの上なんかに重いボーリングの玉なんて置くわけないだろう!!」
ジンは激昂した。
その眼に涙が浮かぶ。
「戻ろう、僕たちのせいだ。オードリー達が危ない」
レンが硬直しながらも笑顔を作ろうとする。
「だ、大丈夫だよ!きっとただの見間違いさ。それにそんな邪夢なんて見たらみんな逃げてるって」
「レン、オードリーの武器、知ってる?」
「は?知らねぇよ」
「ムチだよ。君がさっき言っただろ、邪夢も切れないムチだ」
「……」
「オードリーはあの戦士ほど使いこなせていない。逃げる事も、戦う事も出来ないんだ」
言い終わるとジンは屋根を駆け出していた。
レンは背中を見送りながら立ち尽くす。
だが、それも数秒、
次の瞬間には外から窓ガラスを叩いていた。
「おいコラ開けろ!!そんなヤツさっさとぶっ殺して俺たちを助けろ!!」
悲痛な叫びが月夜に大きく響いた。