【戦士とチカラ・7】
ジンの後に付いて来ようとするオードリーを、
「お前は見学を許可されてない」
と一蹴して追い返し、レンは【中島家】の屋根へと飛び移る。
庭に生えた樹木が枝葉を伸ばし、屋根までの道のりを幾分楽にしてくれていた。身軽な小人達は風に乗って高くジャンプする事も出来るし、高い場所からの落下でも着地体制をとれていればダメージはほとんど無い。
ジンは風に揺れる木の枝に狙いを付けてジャンプする。
月明かりに照らされながら空中で枝葉の先を掴み、しなる反動を利用してさらに高く飛び上がる。屋根の上に着地しながら、素早くレンの後を追う。
相棒を待つ背中でレンが愚痴をこぼすように言った。
「オードリーの奴、アレは油断してたら絶対について来ると思ったけどやっぱりだ。ボーリング部かなんか知らねーけど、自分の担当するニンゲンの管理くらいしろっての」
ジンがそれを聞いて、先程のオードリーの残念そうな顔を思い出して小さく笑う。
「いやいや、あのヒトはサッカー部でしょ。まぁ、オードリーはあれで悪い子じゃないから。自分に素直なだけで」
「え、あれサッカー部?へー、そうだったのか」
「レンはもうちょっとニンゲンに興味持った方がいいと思うよ」
「部屋にボーリングの玉が見えたから趣味か部活かとは思った」
「あ、そうなんだ。僕見てない」
「おい、到着だ。じっくり見学させてもらおーぜ」
二階の部屋の窓辺に辿り着いたレンとジンはガラスごしに中を覗く。
田舎と都会では出現する邪夢の規模が違う。サイズも量も都会の方がはるかに大きく、大量だ。
それに対応する夢防人の技術、装備の発達も格段の差が有り、今夜のレンとジンの目的はそれを見る事。装備の発達には時間はかかるだろうが都会から学んでいるので発展途上とも言える。だが、技術だけは直接教わる事でもしない限り、自らの工夫と発想が頼りですぐに頭打ちだった。
狩りの途中で偶然に見るニンゲンのテレビや家庭用ゲームなども、情報の一つとして戦闘に昇華させれば、レンやジンのような戦い方も編み出せる。二人は実際にこの田舎と呼ばれる北東部では上位にあたる戦闘技術の持ち主だ。だがそれ故に、より高い技術を欲してもそれを学べる相手が居なかったのである。
そこへ来て今回の都会からの遠征部隊は格好の学習チャンスだった。
乱雑に脱ぎ捨てられたニンゲンの衣服が散らばっている。
ベッドには大柄な成人男性の眠る姿が見られ、家具は少なく、壁に一体化したクローゼットと、部屋の隅に置かれたテレビ、本棚が一つ。
小さなテーブルに飲み物の缶やお菓子の袋が散らかり、生活感だけは不足が無い。
部屋の中央、テーブルの脇に小人が三人見える。
ベッドの下を警戒しているらしく、窓辺の二人には気付いていない。
レンが三人の内の一人を指差して言った。
「あ、大剣持ってる奴が居る。アイツ戦わねーかな」
「後ろの女の人が弓持ってるよ。ラッキーだね」
お互いの共通する武器を見つけて喜び合う二人。楽しみでつい口元が緩む。
「あとの一人はムチかな。あれは邪夢を斬れねーだろ」
レンが言うとジンが言葉を返す。
「多分縛ったりして捕まえるんじゃない?動きを止める役割も欲しいよね。僕は弓だからたまにそういう時あるよ」
「あー、ナルホドね。弓とは相性いいのか」
ニンゲンの寝息が大きく響くなかで、やや緊迫した面持ちの三人の戦士達。
静かに時が過ぎる。
「まだ邪夢いないね」
「遠征組もまだ来たばかりだろ。応援の連絡を朝にして、夕方の出発にも来てなかったから直接来たとしてもこの位の時間かな。やっぱり距離はあるよなー。カラス使えば早いのに」
「野良のカラスはすぐにエサ欲しがるからなぁ、ハトでしょ」
取り止めのない話しをしていると、
キィィン……
ジンの弓とレンの大剣が共鳴を始める。同時に遠征組の三人の武器も鳴り、三人は武器を構えた。
ヒトの眠りにおいて夢見る時間が始まったのだ。
だが、それは白い光などではなく、深く黒ずんだ闇色に輝きを増しながら、珠と成るべく集束していく。
眠るニンゲンの額に汗が、眉根にシワが、ノドから苦しみの声が伝わり始める。
「……悪夢だ。あのニンゲン、かなり毒されてやがる」
レンの呟きにわずかな苛立ちが見えた。




