旅
カラン。
ドアのベルが鳴る。いつもは聞こえる店番の声が聞こえない。またサボりかと、店の奥から店主が顔を出すと、そこには旅姿の傭兵の女が立っていた。
「いらっしゃい。魔石の買い取りかい?」
「すいません。魔石の買い取り帳簿をちょっと確認できませんか?」
「帳簿?冗談だろう。なんで・・「すまないが、話し合う気はない。質問に答えろ、1年半前からの帳簿は何処だ。」
女は、店主の首に剣先を当て有無も言わさず、店の奥に押し入る。
「警備も店番も裏で寝てる。ちょっと確認するだけだ。無駄に騒ぐなよ。」
「物取りではないのか?分かったから、サッサと要件を済まして出て行ってくれ。」
「気が合うな。すぐに終わらせよう。まずこの紙を見ろ。見を覚えは?」
女が差し出した紙には若い男が念写されていた。
「知らん。基本ワシは店に出ん。奥で魔石の鑑定や金勘定が仕事でな。」
「水の魔石の買い取りが増えただろ?」
「み、水の魔石・・。確かに増えてる。」
女はニヤッと笑い
「いつからだ、確認しろ。」
店主は帳簿を確認した。女の顔を見る。
「1年半前からだ。」
「男の特徴も書いてるだろ。こいつと似てるかい?」
紙を目の前に突き出す。帳簿には盗品の確認のために売主の特徴の記載が義務付けられていた。
「似ている。魔石は盗品だったのか?」
「無駄口は必要ない。回数、間隔、一番最近の買い取り日を調べろ。」
「ちょっと待て。・・・・・・。6回、約3ヶ月、4日前だ。その日が、一番魔石の量が多い。」
「チッ、遅かったか。いくらだ。」「屋敷一軒は余裕で買えるぐらいだ。」
「記載に変化は。」「服装が良くなってるぐらいかな。」
「いつも、ひとりか?」「ああ。そうだ。」
「買い取った。魔石は何処だ。」「おいおい。強盗はしない約束だろ。」
「黙れ、さっさとだせ。」「クソッ。これでいいだろう。」
店主は金庫から袋を取出し女に投げつける。受け取った女は腰に掛けていた縄を取り、店主を椅子に縛り付ける。そして袋から一粒の魔石を取り出すと、背負いカバンから袋を取出し魔石をしまい。何枚かの金貨と残りの魔石を店主の足元に投げ捨てる。
「魔石代と迷惑料だ。」
それだけ言うと女は店の奥から出て行った。
☨
『アーキス家でのご静養の準場が整いました。』
ひとりの女性が窓辺の椅子に座り微動だにせず外を眺めている。
擬人化した彼女の最初の者が手を差し出すが、ただ座り続ける。
年老いたメイドが、にっこり微笑み従魔の後ろから現れる。
「奥様、御母上もお待ちです。アーキスは、鱒の季節になりました。マイア様がお帰りになられたら、ご一緒に鱒の漁に出かけるのでしょう?でも3年は漁に出ては居られない腕が鈍ってはマイア様と楽しめませんよ。」
「マイア・・。」
「そうです。お嬢様の季節ですよ。春を司る女神様のお名前です。」
「マイアは何処?」
メイドは、女性の前に腰を下ろしそして手を握り、強い口調で告げる。
「奥様、マイア様は何処だかは分かりません。ですが、この部屋にだけは絶対戻っては来られないでしょう。アーキスで、奥様はお元気になったら、マイア様を探しに行かなくてならないのでは?ディーアーナ様は、狩りの女神の名を持ち、国中を駆け回ってどんなに珍しい魔の物でも見つけ出していたでしょう。待ち続けるのではなく、逢いに行けばよいのです。例え、憎まれ殺されようとも、ここで、餓死するよりマイア様に逢って殺される方がマシではありませんか?」
外に向けられていた視線が、メイドが握る手に移る。
「あ・・逢いに・。マイアに逢いに・・。私が・・・。」
「そうです。ディーアーナ様が捜し出せばよいのです。」
しかし、彼女の目はまた窓の外に向けられる。
「ひとりにして頂戴。」
「ディーアーナ様。それでは、ダメで「マルゴ、ひとりになりたいのよ。お願い。」
メイドは女性の顔をじっと見詰め少し微笑むと部屋から出て行った。メイドの後に従魔も続く。
☨
『マルゴ、あなたは言葉が過ぎる。』
「また、過ちを繰り返すつもりなの。アマンダ。なぜもっと早くにアーキスに連絡を取らなかったの。」
アマンダは唇を噛み顔を下げる。
「キャレチャー家は、すこし従魔に依存しすぎね。アマンダ、貴方は誰のリレションなの?何年奥様と共に旅に出ていたの。自信を持ちなさい。分かるでしょ、貴方なら奥様の望みが。」
アマンダはマルゴに頷くと、足早に去って行った。
☨
深夜、扉が開く。
『すべて、整っております。』
「ありがとう、アマンダ。」
半年振りに、名を呼ばれアマンダは身を震わす。
『おひとりで。』
「そうね。」
『アーキスで待っています。何かあれば御呼びください。どうか御無事で。』
「ごめんなさい。」
『馬舎へ。裏門の結界を15分後に。』
闇にまぎれ、ひとりの女が旅たった。
そして屋敷の窓から、彼はただ眺めるだけだった。